01. 「むかつく」




「…それさ、止めない?」
 唐突に言うと、細められた蒼がくるりとこちらを向いた。
「何を?」 本気で解らないといった風に首を傾げる。と共に、さらりと銀糸が流れるのが綺麗だと思う。本人が誇るのに頷いてしまうくらいには、目を奪われる。
「そーやって、誰彼構わず女の子に声掛けるの」
「んーでだよ」
 魅力的な女の子に声掛けるのは紳士として当然の嗜みだろ、と平然と告げてくる。
 そういうのは嗜みとは言わないだろうと。そのくらいのこと、世間知らずだとしょっちゅう呆れられてる僕であっても知ってるんだけど。
 っていうか、ね。
「嫉妬してる」
 にこりと笑んではっきり告げると、ククールはぐっと言葉を飲み込んだ。
 重ねて。
「むかつくんだよね」
 いっそ、爽やかな笑顔というおまけつきで言えば。ククールは絶句し、見事に固まった。僅かに顔を強張らせて、視線を外す事もなくじっと見つめられて。
「ん?」
 小首を傾げれば、慌てたようにその視線は外された。
 逡巡するように、何度か開かれては再び閉じられる唇やら、あちらこちらへと落ち着きなく彷徨う瞳から、彼の内心の動揺が手に取るように、窺い知れる。
 普段のポーカーフェイスが綺麗さっぱり剥がれ落ち、人を煙に巻く軽口も閉ざされたままだ。尤も、その軽口で僕に対抗した挙句、返り討ちにしたことが幾度となくあった所為もあるんだろうけど。
 ま、頭の回転じゃとてもじゃないけど敵わないから、返り討ちって言ったって全く別の方向からのものになるのは僕らの間じゃ至極当然で。
 ちらりと覗いた赤い舌が、乾いた唇を湿らせる様が酷く扇情的だ。
「って訳でね」
 取り敢えず、今夜は覚悟しといてね? 清々しいまでに言えば、元々白い彼の面はいっそ色味を失くした。
「ーッ、お前」
「逆らってもいいけど」
 そう、それはそれで燃えるけど。
「手加減できなくなるからね」
「……し、」
「『し』?」
 途切れた言葉を促す、と。
「…信じらんねぇ」 がくりと肩を落として、恨めしそうに睨み付けてきた。
 そんな台詞に、ふっと。
 信じられないのはこっちだ、と思う。
 どうして、こんなに悪戯心を刺激してくれるんだろう、このククールって人は。
 悪感情も、嫉妬心も、いわゆる人に知られたくないとそう思う部分ばかりを沸き起こしてくれる。他の人には決して感じることのない、それらを。
 だけど、それらさえククールからの作用と思えば、自然甘受してしまわずには要られない。それどころか愛しい、とさえ思ってしまう。
 だから―――。
「それはね、こっちの台詞だよ」
 未だ仏頂面を解かないククールに、満面の笑みを浮かべて見せた。




2006.03.25



 黒い主人公。っていうか、正直者っていうか(笑)。





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