06. 「舐めときゃ治る」




 次の町は目と鼻の先、なのに。
「何だってこう、タイミング悪いの!」
 ゼシカが苛ついた様子でムチを振りながら悪態をつく。今、魔物出てきたら、きついよねって軽口を叩いてた最中での強襲だった。
 数匹の魔物は屠ったけど、まだ強力なのが2頭。ここまで長い行程だったから、皆疲れきっている。
 魔物の頭上にハンマーを打ち下ろしたヤンガスの肩口に、敵の鉤爪が食い込む。溢れる血が肩を濡らし、片膝を着いた。
「ヤンガス!」
「ベホマ」
 背後から紡がれた癒しの呪が、柔らかにヤンガスを包み込んだ。



「参った〜」
 全ての魔物を屠り、そのまま座り込んで開口一番ぼやく。
 体力も魔力も荷さえ尽きかけての戦闘は、体力より精神の方を多く削った。
「お前は……これ又、器用に擦り傷ばっかだな」
 いつの間にやら横に居たククールが、僕の傷を確かめながら感心したように呟く。
「ククールは…?」
「俺が傷負うようなヘマするかよ」
 いや、単なる立ち位置の問題だと思うけど。襲われたのが背後からだったから、先頭を歩いていたククールは直に魔物を相手にしていない。
「ホイミくらいしか使えないぞ」
「うん、だから、治すならゼシカにしてあげて」
 途中から弓に持ち替えて魔力の回復を図っていたのは知ってるけど、ヤンガスへの回復と守備力の強化とか補佐してくれてたから下位の回復魔法使う程度にしか、魔力は残ってない筈だ。
 と、 「当然だろ」 冷たい視線を送られた。
「レディファーストっていうのが、俺のポリシーだぞ」
 傷の具合を考慮にいれなくていいのなら、補助回復系の全ての魔力はゼシカに使うさ、などと踏ん反り返って言ってくれる。
 思わず顔が引き攣るくらい、こういう時のククールは正直だ。
 だけど今回ばかりは、さっきの戦闘で受けたゼシカの傷が深いことは知っていたから、素直に頷いた。
「うん、ゼシカの方よろしく」
 苦笑混じりに頼むと、 「任せとけ」 とククールは踵を返した。
 馬車の横で座り込んでいるゼシカに近付き、ひと言ふた言掛けてから、傷口の辺りだと思われる箇所にてのひらを翳して。
 癒しの呪を紡ぐククールは、彼が常に纏おうとしている軽薄さと硬質さがなりを潜めて、綺麗で柔らかなその本質を垣間見せる。
 祈りにも似た神聖さをも感じさせるその様を見るのは、かなり好きだ。
 つい、ぼ〜っと見惚れる。
 と、蒼い瞳がすっとこちらの方へ移動し、そのまま訝し気に細められた。
「〜〜〜ッ、」
 疚しいことなんて何もないのに、思わず視線を彷徨わせてしまう。おまけに、慌てた所為で、怪我を忘れて道に手を着いてしまった。
「ッ!」
 擦り傷だけど、痛いものは痛い。
 一旦気にすると、微かな痛みが身体のあちこちから響いてくるような気がする。
「…痛ぅ」
「何やってんだ、お前は」
 少しでも紛れれば、とてのひらの比較的大きな擦り傷を撫でていると、ゼシカを癒し終えたククールが歩み寄って来た。
「痛い」
「……我慢しろ、すぐ町だ」
 確かにククールの言う通り、目の前には町への入り口。
 ……だけど。
「もうちょっと、労わってくれても」
 ぼやく僕に何を思ったのか、
「こんなもん舐めときゃ治る」
 そう言って、ぺろりと赤い舌が傷口を舐めた。
 うっわ〜〜〜っ!
 声にならない。
 っていうか、視覚と感触がダイレクトに腰を直撃する。
 それでなくても強行軍で禁欲生活強いられてる状態だったのに!
 人前では口にするのも憚れるような場所に熱が集まる―――って、ヤバイって!
 咄嗟に屈み込んだ。
「おい? どうした?」
 沁みたか? と暢気に訊ねてくる。
 ククール……。
 もうちょっと、男の気持ちってヤツ推し量って欲しいっていうのは、贅沢な悩みなんだろうか。




06.02.20



 無意識に煽るのが、ククール。





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