10. 「教えて」




 視界に映える銀糸が、風に誘われて舞う―――その度に。視線はそうと知らぬ間にその軌跡を追ってしまう。

 そうして、それが整い過ぎた横顔へと向かうのは、無意識。



 最初の頃。
 そうしてしまうのは、今まで目にしたことのなかった色合いの所為だと思っていた。
 光りを弾いて輝く色合いの髪と、煌く蒼い瞳の印象は鮮烈で。故に、現実味を感じなくて。
 奇跡のように、綺麗過ぎて。
 だから。
 触れたいと思ったのも。
 つい手を伸ばしてしまったのも。
 ―――ただ、そこにちゃんと在るのだ、と確かめたかった所為だ。


「痛ッ、何だ?」
 思わず力を入れてくいっと引いたら、端整な顔が顰められてこっちを向いた。
 それにしたがって、さらりと指の間から銀糸が逃げて。
「あっ……」
 引っ掛かりもなく、赤い背に戻った。
「何、してんだ?」
「……生きて、る?」
「はっ?」
 ぽつりと零れた呟きに、ククールは目を丸くして首を傾げた。きらりと光りが髪を滑り落ちる。その流れを目を細めて、追った。
「俺、生まれてこの方まだ死んだ経験はねーけど」
「そっ、そうだよね」
 しみじみと言われて、己の失言以前の台詞にわたわたと両手を振り回した。いや、そもそもそういう意味じゃなくて! と慌てる。
 途端、ぷっと吹き出された。
「お前って、面白い奴だなぁ」
 そう言って破顔する面が、途端に人間味帯びて。
 その顔が普段見せるものとは違って、あまりに無邪気で。
 何故か、僕の方が顔に血の気が上る。
「ええ…っと、ごめん」
 あぁ、もう! 何で僕は謝ってるんだろう。
 彼の前では、調子が狂う。言葉が喉の奥で滞る。視線が捕らわれること共々、こんなこと初めてで、理由も解らないからどうしていいのかも解らないままで。
 だけど、そのあやふやな感覚は、決して不快じゃなくて。
「いいけど、髪はやめてくれ」
 これでも女性の受けはいいんだから―――との言に、ちりっと胸の内何かが過ぎる。
 確かに、ククールは行く先々で女性に声を掛けるけど、それ以上に掛けられたりもする。その度に、同じような痛みが胸を刺す。
 彼に会うまでは感じた事がない痛みに、これは彼に対してだけのものだと自覚するのは容易かった。彼に対してるときだけに、色んな痛みや想いが湧き上がる。
「そんなの、君の上辺だけしか見てない……じゃないか」
 失礼極まりない言葉だと思いながら、それでも口を突いて出てしまうのを止められなかった。冷たい目を向けられると思ったのに、振り返ったククールの蒼瞳は存外柔らかくて。
「だから、いいんだろ」
 さらりと投げられた言葉に、どくんと鼓動がひとつ振れる。
 それは、普段は誰にも見せることのない彼の真意?
 だけど……だったら何で、そんな風に何かを諦めたような瞳をしているのか―――問い詰めたくなる。
 でも、そうしたら。
 数多の者が目眩ませられた美しさという防護壁で覆われた彼の内は、ずっと隠されたままになる気がした。力尽くでは決して開かれない、その内。
 それだけは、絶対にイヤだと、そんな風に思う自分に驚いた。

 自分のこの想いの示す先は、何なのか。
 風に遊ぶ銀の髪を手にしたら、解りそうな気がして。
「ってなぁ、言ってる傍からやってんじゃねーよ」
 再び手を伸ばしたら、呆れた顔を向けられた。
 だけど、ね。
「だって僕は、知りたいんだ」
 刹那、強張ったククールの表情には気付かない振りをしてあげるから。

「ねぇ、教えて?」
 どうして、君限定でこうなるのか。

 いつでもどこでも、ここに在る君という存在を確かめたくなる。
 触れればきっと、解る。
 きまり悪げに視線を逸らす君の内を全て知りたいと思う、僕の気持ちも。




2008.07.14



 これが”恋”だって、まだその時の僕は知らなかった――がテーマ?

 因みに、蘇生魔法は無視方向で。
 日付けが古いのは、書き上がって放っておいたからです(苦笑)。





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