03. 「知らない」




 初めて訪れた華やかな街に、正直浮かれていた。
 ここんとこ、ずっと山小屋みたいな一泊宿とか野宿ばっかだったから、腐っていた。
 人気のない場所は苦手だ。
 それならいっそ、知らない奴らばかりでも大勢の人の中に在った方がいい。
 多くの人の活気の中に在るだけで、ひとりじゃない錯覚に陥るから。
「疲れてない?」
 宿に一旦落ち着いた後、買い物にと誘った本人が心配そうに訊ねてくるのに、
「そう思うんだったら、付き合わせんなよ」
 軽い口調で返す。
 どこかホッとしたような色を乗せた顔付きに、口角をわずか持ち上げたところで。
「君、」
 唐突に、腕を引かれた。
「―――ッ、に」 怒声を浴びせようとして相手の顔を見上げ、全てが凍りついた。
 名など覚えてやしない。だけど、自分を引き止めたこの男の顔には、見覚えが…ある。
 そう、だ……こいつは。
「何度か、祈祷をして頂きましたな」
 厭らしく歪む男の顔。この顔から、見下ろされた事が何度あった?
「もし、お時間が許されるようでしたら―――」
「生憎と、時間を急いておりまして」
 捕られたままだった腕を取り返し、隣りで立ち尽くしたまま顔を強張らせている奴を促した。
 無意識に男に掴まれた腕を握り締めていた事なんて、気付かずに。

 宿屋の一室に入り、扉を閉ざした途端。
「アレ、誰?」
 感情の一切窺えない声音で問われた。
「………マイエラにいた時に、何度か祈祷に行った先の…ご主人様だ」
 金で欲を満たそうとする碌でもない男。
「…………話しただろ」 祈祷とは名ばかりの、欲に満ちた行為。お布施とはイコール俺の一晩の金額だと。
 なのに、こいつは。
「知らない」
 そんな事、と。
「知らないし、知りたくもない」
 きっぱり言い切って。
 あぁ、そうかよ―――と、何故か頭に血が上る。
「そうやって、人のこと好き勝手美化してりゃいいさ」
 生憎ながら、俺の過去なんて汚いと言われれば反論も出来ない。する気も、ないけど。
 後悔なんてしたって、結局何にも変わりゃしない。
 過去は変えられないし、今更変えたいとも思わない。
 ひっくるめて、全部が俺だ。
 ―――ソレが、現実だ。
 さっさと踵を返し、踵を鳴らして広くはない部屋から逃げるように出た。
「…ール!」
 名を呼ばれた気がしたけど……引きとめられる気なんてさらさらなかったから、きっぱりと無視した。

 知りたくもない、って事は。
 受け入れられないっていう事じゃないのか。
 好きだとか、愛しているとか、それこそが子供の戯言で。
 ソレをいちいち真に受けていた俺が、馬鹿なのか。

「………嘘吐きが」

 ただ、狭い廊下を突き進む。
 自然に口許に力が入って、唇を噛み締めている事に気付いて小さく舌を打つ。
 宿屋の主人の前をぬけて外へと続く扉に手をかけ、わずか逡巡した。
 これじゃ逃げるみたいで嫌だと、負けん気が頭をもたげる。
「冗談じゃねー」
 扉から手を離し、再び踵を返した。
「あんなガキに振り回されたまんな、おめおめと引き下がってたまるか」



2005.08.30



 こちら、4の痛いに続きます。教会設定がアレな所為で、ククールさまの設定もメチャ痛ですね。※ 教会設定がアレっていうのは、オフィシャルでですよ? 深読みしてくれとばかりの台詞があるんですよ(笑)




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