09. 「しようか」




 久方ぶりの、宿屋。
 咽る青い草の臭いでも乾いた土の臭いでもなく、ほっくりとした布団はお日様の臭いだ。
 食事を終えて、それぞれの部屋に戻って飛び込んだ布団は、柔らかく身を包んだ。
「有り難味が解るってもんだな」
 野宿は野宿でそれなりに楽しい事がないでもないけど、如何せん心底から寛ぐ事が出来ない。稀にだが魔物の襲撃もあるから、見張りもしなきゃならないし。
 ごろごろと寝台の心地よさに宿屋の有り難味を満喫していると、同室者が戻ってきた。
「王と姫に食料届けてきたよ」
 言いながら、バンダナを外す。
「ごくろーさん」
 トロデ王と馬姫さんに食料を届ける役目は元々こいつが一手に引き受けていたが、先は長いんだからというゼシカのひと言で当番制となって久しい。
「姫がお疲れのようだから、明日は昼頃出立しようって」
「あぁ、ここんとこ強行軍だったからな」
 勢いをつけて、上半身だけ起こす。
 新しい土地へ向かう時は、どうしてもそうならざるを得ない。いくら地図があったって、自分の足で歩かなきゃ実際の場所は解らない上に、地の形状は紙面の上からじゃ予想するしかない。
「ゼシカたちには?」
「うん、ここに戻る途中寄ってきた」
 言いながら、ベルトを外しているのを目にし、 「もう寝るのか?」 首を傾げた。
 まだ、寝るには早い時間だ。そんな風には全然見えないけど、見えないだけで疲れてんのか? 流石に落ち着いたばっかのトコに、今更酒場に行く気にもなれなかったから、部屋で飲もうと思ってたんだけど。寝るんならやっぱ酒場に行くべきか? と考えつつ問えば。
「うん、っていうか……しようか?」
「……はっ?」
 何、何をしようって?
 思い切りクエスチョンマークを浮かべていたにも拘わらず、上着から腕を抜いてもうひとつの寝台上に放り投げた男は、実に爽やかな笑みを浮かべて近づいてきた。
 ぞくり…と背筋を這い上がるのは、悪寒に違いない。
「…に、しようって?」 まず間違いないとは思うが、一応、念の為に訊いてみる。
 ―――と。
「セックス」
「………待て!」
 案の定返された単語にドッと汗が滲む。
 つーか、疲れてんだ、こっちは! 底なし体力のお前と違って!!
「だから、明日はゆっくり寝てられるように王に進言したんだよ」
 姫が疲れているみたいだから、って言ったら一も二もなく頷いてた―――なんて、平然とのたまってくる。
「……お前なぁ」
 信じられない台詞に、二の句が告げない。そこまで、やるか?
 あまりの傍若無人ぶりに今更怒る気にもなれなくて、肩を落とせば。ふいっと頤を捕られ、視線が合わさる。
「逃げられないよ」
 にこり、向けられた笑みと台詞に、最早絶句するしかなかった。
 っていうか、こんな奴を近衛兵なんぞにしてていいのか、トロデ王?!




2005.09.01



 主人公、裏有り過ぎ? つーか、月ノ郷ン中じゃこんなイメージなんだ! ごめんっ!!




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