君子危うきに近寄らず





 正直、第一印象は。
 こいつ、大丈夫…なのか? だったように記憶している。

 出逢い、共に旅を始めた当初は、呆けているか苦笑しているか…はたまた、静かな笑みを浮かべているか、だった。喜怒哀楽といった人の基本的感情さえ知らずにいるような、そんな印象が強く、接し方に多大に悩んだものだ。
 からかっても、突っ込んでも、呆れてやっても返されるのは苦笑。さもなくば、年に似合わぬ穏やかな笑み。
 そのくせ、遠くを見る目には何の感情さえ見せないのだ。
 色んな意味で危うい奴認定が、俺の中でなされていた。

 それが、とある日に一変した。
「俺に、構うなよ」
 感情を窺わせないくせに人の世話を焼こうとしたこいつが、たったひと言の拒絶の言葉に見せたのは凍りついた表情で。
 それを目にした時に思ったのは、罪悪感なんぞじゃなく 「何だ、こいつ痛み知ってるじゃん」 だったのだけれど。
 知らなかったのは感情そのものじゃなく、それを現す術だったらしい。
 抑圧されたのか、それとも抑圧していたのか―――そんなことは兎も角、それを知ってからは色んな顔を暴いてやろうと思った。
 これから長の旅をするのに、内では兎も角表面さえ何考えてんだか解らない奴と一緒って状況は俺にとって有り難くない訳だ。
 この一行、自分に正直な奴等ばっかだったから、居心地的にはとてもいい。こいつがもっと明け透けになってくれりゃ、もっとよくなるに違いない! と、思ってた。
 それが、全くもって何の因果か。
 いつの間にやら、
「大好きだよ」
 と、蕩けるような笑みで告げられるようになり。
「欲しい」
 と、露骨なまでに迫られるまでになり。
「していい?」
 と、寝台の上に抑え込まれ。
 危うく襲われそうになったのなんて、もう片手の指じゃ足りない。そろそろ、足の指も参加させなきゃならなくなりそうだ。
 一気に雲が取り払われたように浮かべられる笑みは、それはそれは楽しそうに見受けられはする、が。
 毎日毎晩、素で送られてくる視線と共に、俺はちょっとした危機感に苛まれている。
 実に、危うい。
 以前とは全く違った意味合いで。
「………これは、俺の失態なのか?」
 君子危うきに近寄らずっていうじゃねーか。あれって、こういう意味で…だったのか。
 過去の偉人の格言には素直に従うべきだと、実に有り難くない学習をした。

 目にも鮮やかな夕焼けが目を射る。
 さて。
 取り敢えずは、今夜の宿でふたり部屋にならない事を祈っとこう。








...... END
2005.12.19

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