悪くない ざわりと、酒場の入り口付近がざわめく。 窺う為に向けた視界に入ったソレに、ゲッと声にならない呻きが漏れた。 昨日、しつこく付き纏ってきた連中だ。 あまりのうざさに相手するのも面倒になって、強制的に床と抱擁してもらったんだが。 こちらを認めた視線が細く眇められ、口端が嫌な感じで笑みを作るのを見。こんな町、さっさと出立しとくべきだったと後悔する。強行軍で疲れているだろう馬姫さんを休ませたいってトロデ王の涙をそそる親心なんて無視して。 なんたって、昨日はふたりだった人数が、今日は倍になってるって辺りで後悔倍増だ。昨日の今日だしってことで危機感の甘かったのは認めざるを得ない。 こんなことなら、ひとりでこんなとこ来るんじゃなかった。旅する同行者のひとりでも、連れて来てりゃぁな。 今更埒もない思考に耽りながら、手にしていたアルコールを呷る。 「よう、兄ちゃん。面ぁ貸せよ」 遠慮なく肩に掛けられた手に、僅か視線を向け。 「…………遠慮しとく」 面倒臭さを隠しもせずに言う。 「拒否権あると思ってんのか」 舌なめずりせんばかりに厭らしく歪んだ男の顔は、視界の暴力にも等しい。 「拒否権? 生憎だけど有りまくってんだよ」 そう。 かの地を。 あいつの傍を離れた今の俺に残された柵は、わずかばかりしかない……筈だ。 「こいつッ」 相手の顔が、怒りで赤黒く染まるのを見、 「あんたら相手にしてるような無駄な時間、俺にはねぇよ」 満面の笑みを浮かべてやった。 見上げた空には、欠けた月。 無様に寝転んで目にしたんじゃないそれに、上がる息を宥めながら、取り敢えずホッとする。が、何しろ多勢に無勢。無傷って訳じゃない。 「…畜生、痛ぇ」 血混じりの唾を吐き捨て、まともに殴られた頬を擦る。 「顔殴ンなよ」 老若男女関わらずに見惚れてくれる美貌なんだからな、ぼやきを聞く者は、今は居ない。 頭ともうひとり程を潰せば、因縁をつけてきた奴等は呆気なく退散してくれた。思い切り拍子抜けした。 「結構、強くなってんじゃん」 自画自賛に賛同する者も、当然居ない。 「………無駄じゃねーんだなぁ」 最初は渋ってた旅だけれど。それでも、確実に己の中に残るモノがある。 これは、時間制限ありな自由なのかも知れない。 それこそ、錯覚に過ぎない程度のものなのかも知れない。 だけど。 それならそれで、楽しまなきゃ勿体無いとも思うし。 口端をゆるりと持ち上げると、「ーッ、」痛みが走る。思わず治癒魔法を発動しかけ、思い直した。 ちっと痛いのを我慢して、このまま宿に戻ろう。 いつもと変わらない部屋の割り振りで、同室者はあいつ。 あの連れなら、こんな俺の姿を見たら慌てて寄ってきて、そして怒鳴りながら、もしくは呆れながらも心配してくれる。 そんなのも、結構、 「……悪くない」。 ...... END
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