[ 01. 好敵手 ]




 ―――好敵手。

 それは、互いを高めあう…高めあえる、そんな存在で。
 俺はあいつとそういう間柄でありたいと、思っていた時期もあった。



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 ルックにはそういう相手、いるか?
 事の始まりは、俺の発したそのひと言だ。
「はっ、そんなのいないよ」
 端然とした佇まい。
 誰を相手にしても、変わらないその態度。
 それは、俺を前にしても同じで―――だからこそ、気になった。
 なのに、そんな風に呆れたように言われてムッとする。
 そんな俺の態度に気付いているのかいないのか、ルックはゆるりと腕を組む。
「そもそも、僕にはそんなの必要ないし」
 きっぱりと言い切る様は、流石ルックといえなくもないが。そのルックを好敵手と思っていた己からすれば、切り捨てられた感が否めない。
「だけど、ないよりはあった方が互いを高めるのにいいだろ」
 そう思わないか?と尋ねれば、ふんと鼻まで鳴らされて。
「あんたがそう思うんだったら、あんたにとってはそうなんだろうけど」
 でもそれは、あくまであんたにとってであって、僕にとってじゃないんだよね―――あまりに淡々と、告げられる。
「負けたくないとか思うのって、機動力の一端にはなるだろ」
 態度と声音に不機嫌さがこもっているのは自分でも解るが、抑えようがない。相手が誰であろうと、気持ちが一方通行っていうのはよくある事かもしれない。それでも…否、だからこそ、伝えようとする気持ちまでをも一蹴されるのは、きつい。
 だけれど。
「僕は、常に自分を出来得る極限まで高める主義なんだよ」
 生憎だったね、なんて言われて二の句が継げなくなった。



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 今、思えば。
 解放戦争中はただがむしゃらに、前だけを見据えていた。
 己と向き合うとか、目の前の相手に向き合うとか……そんな余裕さえなかった。
 そんな状態でありながらも戦乱を終結出来たのは。
「俺を信じて全てを託してくれた奴らのお陰だ」
 素直に、そう思えるくらいにはなっていた。


 正直、あの頃は焦ってたからな…そう呟くと、目の前の翡翠が柔らかに溶ける。
「それが解るくらいには、成長したらしいね」
 3年前には見られなかったその優しい色合いに、何故か胸がとくりと鳴る。
「ちょっと、だけか?」
 小首を傾げて問えば、深い翡翠を細めて告げられた言葉は、
「ようやっと、人並みってとこじゃない? 3年前には目も当てられなかったからね」
 ―――で。
 あまりの言い様ながら、言い得ていたから苦笑で返すしか出来ない。
「今の俺なら、好敵手に不足なし?」
 そう言うと、ルックは刹那目を丸くし。そして、くつりと笑む。その笑みに、綺麗な顔してるんだと今更ながらに思う。
 そうして、ふっと気付く。
 この3年間。
 この揺るがない翡翠の瞳に、自分を映して欲しくて。
 ただ、それだけを願って、己を高めてきたような気がする。
「好敵手、以前に己―――だろ」
 それは、 『まだまだ、だね』 って事か。
 最大の敵も、味方も、それは己のうちにある。
 3年前のルックが言いたかった事、伝えたかった事って、つまりはそういう事だったんだ。今なら、そうはっきり解る。
 だけど、確かに……そうなんだろうけど。
「だけど、ないよりあった方がいいだろ」
 つい口をついて出た3年前と全く同じ台詞に。だけれど、ルックは軽く口端を上げただけで最早否とは答えなかった。



 ―――好敵手。

 それは、互いを高めあう…高めあえる、そんな存在だから。
 俺はこいつとそういう間柄でありたいと、思っていた時期もあった。



 だけれど、今は………それだけじゃ嫌、なのかもしれない。



2005.07.12



認めてなくても、互いに好敵手にはなってる気がする…けど。



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