[ 02. ゆるやかに ]




 纏った空気が明らかに違う。
 やわらかに、ゆるやかに、おだやかに―――そんな風な。

 そうさせるに至ったのは……?



 真っ直ぐに前を見据えた、翡翠だとか。
 そのうちに宿る、他に曲げられることのない意志だとか。
 いっそ嘲るように片端だけ持ち上げられる口許だとか。
 そんな諸々は、自分の知るそれとは変わらないのに。
 こましゃくれていた子どもは、見掛けこそそれなりに穏やかに。ちょっかいを掛ける者以外には、自分から突っかかる事もなくなっていて。
 それらは、それなりの成長を窺わせるには充分過ぎて。
「何か、置いてかれた気分だな」
 3年前とは違う面を目にする度に、かすかな違和感が胸を刺す。
 零れる溜息は、何故なんだ?
 ―――と、
「誰に?」
 呟きを拾ったんだろう問い返しに、びくりと肩が揺れる。
 聞き覚えていたそれより幾分落ち着いた声音に、恐る恐る振り返る。と、視線の先には、「……ルック?」 が居た。
「何、その顔」
 そうだった。ここ――屋上は、有り所は違えど3年前もルックが好んでいた場所だった。風が一番感じられる所だからと、言っていた覚えがある。それは此処でも同じだったようだ。
「あぁ…ぅん」
 俺の対応を変に思ったのかも知れない。すっと、綺麗な翡翠が眇められる。だけれど、何を言うでもなく、ルックの視線はそのままデュナン湖に向けられた。
 翡翠の瞳は、水面の青を映してより一層煌く。
 風に嬲られる髪が、光りを弾く。
 心地よさそうに目を細める姿に、こんなにも穏やかな表情を初めて見たことに気付く。3年前には、こんな風に柔らかな空気を纏っている様なんて見られなかった。
 色んな意味で、あの当時自分にも周囲の者にも余裕がなかったのだ。
「ルックは………変わったな」
 突然の呟きに、 「…そう?」 視線はそのままに、怪訝そうにではあったけど相槌が寄越される。
 戦略やら魔術の弁論や言葉遊びの応酬とは違い、己の気持ちを口にする時だけわずかにワンテンポ置かれる……そんな様は、3年前とは変わらない。
 それは、毒舌でさえ感情的に零されたモノではないのだと。
 ある意味、自分の中でルックの美点として認識していたから。
「……あんたは、変わってないけど」
 ルックの言葉に、ドキリと胸が鳴る。バナーで再会した時も似たようなニュアンスの事を言われたけれど、言葉のうちから感じられるそれとは微妙に違う。
「……相変わらず、埒もない事考えてるみたいだし」
 そう言って、湖水から巡る翡翠が俺を捕らえた。
「―――ッ、」
「……悩むのもいいけど大概にしたら? 先は長いよ」
 軽口と共に緩く持ち上がる口角に。
 こういう表情は幾度も見たな、呼び起こされる記憶のうちにそう思った。





 ゆるやかに、ゆうるりと。


 胸の中で、その立ち位置が、存在の在りようが……音も立てずに変わってゆく。

 それは、心地よい感覚だった。



2005.07.13



きっかけなんか掴めなく、そっと穏やかに変わってゆく想い。



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