[ 03. 噛み付く ]




 ひと口、ふた口。
 真っ赤に熟れた桃へと、綺麗に整った歯列があてられさくりと噛み付く。水気の多い果実から滴る果汁が、口許から流れ落ちる。
 そんな様に、ぞくり―――と、胸がざわめく。


 果汁が顎に伝う感触が気に障ったのか、ルックは無造作に左の袖口で拭き取る。
「ルック…でも、そんな風に食べたりするのか」
 まさか、手渡した桃の皮も剥かずに食べるとは思わなかった。綺麗に切り分けた物を、口許を汚すことなく食べるイメージみたいなのがあったから。
 そう言うと、ルックはふんと鼻を鳴らす。
「それは、あんたの勝手なイメージ」
 そんなのを押し付けるな、ときっぱりと告げられる。それは確かに、そうかも知れないけどな。
「そうか? 綺麗なイメージ持たれたくても持たれない奴だっているんだから、勿体無いだろ」
「………馬鹿?」
 本気で呆れたかのような物言いに、苦笑がもれる。言いはしたが、確かにそう思い込まれるのなんて鬱陶しいだけだと身をもって知っている。


 甘味にしろ、辛味にしろ、香辛料類にしろ、舌に刺激の強い食材をルックは好まない。
 3年前の遠征時、料理は当番制になっていた。彼が作ったものは、不味くはないが大抵が薄味でさっぱりとしていた。
 他の者が当番の時の濃い味付けの食事にはあまり手をつけずに、携帯用の日持ちのするパン類をもそもそと食べている事も多々あった。
 そのルックが、唯一好んでいたのが果実の甘みだ。果実なら、どんなに甘くても平気で食していた。
 それは、今でも変わらないらしい。


 いつの間にやら食べ終わっていたらしいルックは、座り込んでいた草地からそのまま前方に種を投げ捨て。
「…ベタベタする」
 忌々しそうにぼやいて、指先を舐める。
 次いで、指の付け根。てのひらを辿り、手首へと。
 視界に映るは、白い指と腕をなぞる舌の艶かしさ。
 僅か細められた翡翠は、それに拍車を掛けて。
 そんな様に。
「ちょ、っと……待てッ」
 何か、構図的にメチャ―――ヤバイ、だろ。
「……何さ」
「〜〜〜何でもいいから、面倒くさがらずに手を洗え」
 そう言って湖を指差すと、渋々ながらルックは従った。
 と、他の奴らの前ではしない方がいいとは手を洗い終え戻ってきた時に進言したが。
 腰にクるから…なんて理由までは、流石に言えなかった。



2005.07.20



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