[ 06. 二分の一 ]




 行き着いた先は、地図にさえ載っていなかった寂れた貧しい村。
”どうぞお食べください”
 皺だらけの手で差し出された林檎は、小振りなのがみっつ。
 今回、遠征にと連れ出されたこちらの人数は6人。
 どうみても足らない林檎の数は。だけれど、それがその老婆に出来得る最高のもてなしなのだろう事が言われずとも知れる。
「ありがとうございます、大事に頂かせて貰います」
 だからこそ、断る事も出来ずに幼い軍主は恭しいまでの所作で礼を告げた。



 ふたりでひとつ。
 そう言って渡された小振りの林檎を手にし、しみじみと眺める。
 土地の所為か、男手を取られて手入れが行き届いてない所為か、加工するのが前提として売るのさえ買い叩かれそうな見目形。
「食う?」
 二分の一の相手であるルックを窺うと、こくりと頷く。そういえば、昼食の食事当番がビクトールだった所為で、あまり食べてなかった事に思い至る。ビクトールの食事の味付けは、あの見た目そのままの味付け、だ。味は悪くはないが、兎に角濃い。
「んーじゃ、」
 そのまま、林檎のヘタの部分に両手の親指を押し当てて―――勢いをつけてかぱりと真ん中から割る。刃物で切った訳ではないのに、その割け面は綺麗なものだ。と、僅かながらルックの眉間に皺が寄った。
 本当に微妙なそれは、恐らくこいつを知らない奴は気付かない程度の変化だっただろうけど。
「何だ?」 訝しさに問えば。
「……別に」
 憮然とした口調で返される。左手にしていた方を差し出しながら、
「―――って面じゃねーよな」
 揶揄るように、言う。で、何なんだ?とばかりに、翡翠を業とらしく覗き込めば。
「……………馬鹿力だなって、思っただけだよ」
 心底不本意そうな面のままに、ふたつに分け半分になった林檎をひったくった。
「ま、お前には到底出来そうもない芸当だけど」
 別に怒りを煽りたい訳では決してないのだが。それでもそう言ってしまうのは、最早条件反射みたいなものだ。案の条、綺麗に弧を描いた柳眉がぴくりと震える。
 ―――瞬間。
 収束された鋭い風が駆け抜けた、と思った。ふっと駆け抜けた位置に視線をやれば、手にしていた林檎が綺麗に半分になってて。
「………お見事、」
 手や指が全くの無傷なのが、あまりに不思議なくらいの切れ味。
 腕力、体力を補って余りある魔力を見せ付ける。つーよかこれは、癇癪の一種だろうな。ふんと逸らした顔に浮かんでいるのは、満足そうな表情じゃないから。
 何するにしても理性的な魔法兵団長殿と同盟軍内では誉れ高いルックだが、結構感情的だと思う。こんな風に刹那の感情に任せて魔力を行使する兵団長殿を見たら、こいつを崇め奉る奴らはどんな顔するだろう。
 思わず思い浮かべた思考に、くつりと喉を鳴らせば。いっそ冷たい瞳で窺われて。
「おっと、お前相手にする気ないから」
 こいつとじゃ、じゃれ合いにならない。本気で闘って負けるつもりもないが、勝てる気もしない。じゃれ合いなら兎も角、本気ならこいつは絶対に手加減なんかしない奴だから、だ。
 すっと眇まった瞳から伝わってくるのは、 「だったら、放っとけ」 との台詞そのままの意。
「だーってな」
「……何さ」
「お前、面白いし?」
 おっと、肩が落ちた。疲れたような表情で、
「僕はあんたの玩具じゃないよ」 などとぼやいている。
「当ったり前だろ。俺だって、命は惜しいさ」
「………どうだか」
 うんざりとした面持ちで、溜息ひとつ。そして、今更ながらに、手の中の林檎を口許に運ぶ。シャクシャクと噛み締める咀嚼音と共に、その表情がほっと解れてゆく。
 本当、解り易いよな。
 再び緩みそうになった顔の筋肉を誤魔化しつつ、歪な林檎に歯を押し当てた。



2005.08.21



メチャ甘くしようかと思ったけど、まだこの時点ではちゃんとCPになってないので、さらりと?



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