[ 07. 囁く ]
それは、微かに微かに、鼓膜に触れる。 風の囁くような声というのか、音というのか。 「……唄?」 気付かなければ、気にもならない程度のそれは。 だけれど、一端耳にすれば気になって仕方ないと思わせられるもので。 「あぁ、これですね」 呟きを拾ったらしい同盟軍の軍主は、開け広げた窓から上を見上げるように頭を出した。 「今日はよく聴こえるや」 「何だ、これ?」 怪訝に思って訊ねると、 「マクドールさん、初めてでした?」 逆に問われる。 「結界の言霊だそうです」 「結界?」 「魔物が入り込むのを防ぐ、っていうか……侵入者やら奇襲やらがあった時の警報っていうか、そういう感じのらしいです」 成る程。 言霊にのせて、魔力の防壁をこさえてる訳な。 そんじょそこらの魔法使いなんぞには到底出来ないそれは、術法的にはかなり大掛かりなものだ。 「もしかして、ルック?」 同盟軍に他にこういうことを出来る奴もいないでもないが。それでも、歓喜する風と耳に届く囁きはよくよく見知ったものの波動を窺わせたから。 案の定、軍主は俺の問いに嬉しそうにひとつ頷いて、 「何だかこれ聴いてると、凄く安心して寝れるんですよね」 そのまま窓枠に腰掛けた。 「子守唄みたいだ」 うっとりと、囁きにも似た言霊に聴き惚れている。 確かに、身に、意識に触れるのは柔らかく包み込むかのような魔力だ。戦時という状況下において、常に緊張感を強いられている者たちへの癒し効果もあるんだろう。 あぁ、そういえば。 3年前にも、この囁きを耳にしたことがなかっただろうか? 近しい者を失くした時。 ソウルイーターを抑えきれず自我の崩壊を覚悟した時。 行くべき道を見つけられずに不安ばかりに苛まれていた時。 どこかから、風が運んでこなかっただろうか。 「今夜もよく眠れそうです」 そう言ってにっこりと笑む軍主に、 「俺もだ」 頷いて返した。 2005.09.30 知らなかった姿を、改めて見たとき。 ・ back ・ |