[ 11. 逢いたい ]




 それはそれは、無邪気なまでに。
「楽しみにしてるよ」
 そう、翡翠を煌かせて告げられたのは、つい半刻ほど前。
 そうして、今。
「うっはー」
 俺用だと宛がわれている客間の寝台に寝そべって、分厚い本を開いている。
 何度開いても、同じ唸り声しか出てこないくらい、難解な代物だ。
 図書館で開いた時には、一体全体どうしたものか…と、一通り目を通しただけで閉じた。
「……無理だ」 が、第一声。
 言語からして、何処のかも何時の時代のかさえ理解できないのだ。読み解くなんて、到底無理。
 これをルックは読んで理解できたのか、とふっと思いを馳せる。恐らく、出来たろう。あいつの知識量が生半可じゃない事くらいは知っている。
 3年前もそうだったが。この城でも、時間さえあれば本に噛り付いているようで、その姿はレストランで見掛けるよりも多いくらいだ。
「今度の報復は痛ぇな」
 そのまま、ごろりと横に転がる。
 前回仕掛けた嘘の呼び出しは、そのまま現実になった。というか、頃合い宜しく現れたあいつに、軍主から視察の一行に加われとの任が下された…らしい。
 ここんとこ連れ出されっ放しだったから、今回は別の誰かをと考えてた折りへのルックの出頭に 「これは必然だよ」 とのたまったとの事で。そう言われた時のルックの表情など、容易く想像が付く。
「マクドールさんも、一緒に」
 次いで言い掛けた軍主に何を思ったのか。
「あいつは、あんたがこの間持ち帰った本を解読中だってさ。戻ってきた頃には、解読すんでるだろうから解説してもらえば」
 そう進言したのはルックだと、昨晩軍主本人から 「楽しみにしてますv」 という期待に満ちた眼差し共々伝え聞いた。
「…………」
 絶対、読めないだろうことを見越しての所業に、これ以上の意趣返しがあろうかと。ちょこっとばかり反省などといったものをしてみた訳だが。
 出来ないというのは、簡単だ。
 だけど、負けを認めてしまうようで、実に不本意極まりない。
 あいつにだけは、負けたくないと、弱みを見せたくないと思ってしまう。
 なんかもう、今更な気もするが、それでもだ。
「あー畜生ッ! ……ん?」
 置きっ放した本の方へと願えると、ふっとそれが目に入った。
 本の端から覗く紙片。
 何だ、と取り出したそれは、書物と同じ大きさの紙が半分に折られたもので。
 紙には、数冊の書物名と筆者名。
 どうやら、この書物を読み解くのに必要らしい。
「……つーか、これってどこにあるんだ?」
 そもそも、興味のある分野だから気にしていたけれど、これらの書物名は自宅の蔵書でも、旅先で覗いた古書屋でも、勿論入り浸りのここの図書館でさえ目にした覚えが全くもってない。
「これも、嫌がらせか?」
 有り得なくないところが、なんともいえない。
 ここまでやってやったんだから、読めるよね―――と。小憎らしい笑みを浮かべる様がありありと浮かんで、思わずムッとなる。
「………全くもって、悪趣味な」
 もうここ暫く何度もやった事だけど、今更ながらに頭を抱える。
「何で、あいつかなぁ」
 これでも、女にはもてると自負している。昔も今も、好きだと想いを告げられる事はそれなりにあるし。何かに縛られるのが嫌で、相手にする事はなかったけれど。
 ならば―――。
 俺は、あいつに縛られたいのかと自問する。
 好きになれば、相手の想いまで欲しいと思ってしまう。
 これは、そんな浅ましい気持ちだ。
 だけれど、酷く人間らしいものだとも思うから、否定する気はない。
「それにしても……20日かぁ」
 結構な長さの視察だ。
 再会して、そんなに長い間あいつと顔を合わせなかったこと…なかったよな。この想いを自覚する前も、居心地良くて結構な時間傍に居たし。
 今回の出立前は、互いに不機嫌持続状態で、声を掛けるなんてしなかった。
 暫く、あの毒舌も聞けない、か。
「……………逢いてぇな」
 ぽそりと、意識しない間に呟きが零れる。
 刹那、流れてしまった思考と己の発した呟きに、ハッとする。
「ーーーッ、待て!!!」
 違う、違うっ! そうじゃなくて!
 いや、あ、逢いたいなんて思ったのは、あいつのあの鼻っ柱を圧し折ってやる為だ、そうだ、そうに違いない!
 つーか、そうであれ!!!
「…精々、期待に添ってやろうじゃねーか」
 手にある猶予は20日間。
 逢いたい…なんて、変な弱音吐く間がなくていいじゃねーかとばかりに、寝台の上に勢いよく立ち上がった。


 結果は、神のみぞ知る。




2006.02.06



 前話のつづき。自覚なければふっと思ってしまいそうなことでも、一旦自覚すると色々と恥ずかしい…らしい。



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