[ 13. 雨宿り ]




 それが、無意識の内か、自ら慰めるか、他者との交わりに寄るか、と方法は様々なれど。
 ―――溜まれば出す。
 いわゆる、男の生理ってヤツは解りやすい。




 白粉の匂いに咽ながら、派手な色合いの暖簾を潜る。
 以前はよく嗅いでいたそれも、結構な間を置くと嗅覚を嫌な意味で刺激する。少しでも紛らわそうと鼻を擦った、ところで。
「っと、…失礼」
 目の前を掠めた影に、はっとして顔を上げる。刹那、愕然となる。
 視界を埋めたのは、驚いたように瞠られた翡翠の瞳。
「ッ、ぉ前……」
 知らず、声音が震えた。と、同時に頭を抱え込みたくなる。
 よりにもよって、こんな時こんな場所で一番会いたくないヤツと出くわなんて!
「あんた、こんなとこで…」
 訝し気さを隠しもせず、問うてきた言葉がはたりと止まる。俺が出てきた建物を視界に収めた所為だろうことは、僅かに反れた視線で解る。
「………ふ〜ん」
 面白そうに眇められる翡翠に苛まれる。
 背後には遊郭、いわば金で女を買う場所だ。
 モラル如何はこの際、置いとく。
 実際、男の事情として、相手は想いなど欠片もない者でも、一向に構わない。否、いっそ微塵もない方がいい。実際誘われたことは数知れず、だけれど一度たりとてのったことはない。
 金と欲だけの関係だと割り切っていれば、快楽を貪り楽しむだけですむ。
 だけど、だ。
「……………」
 非常に気まずい。恐らく、相手がこいつでなければ、こんな風にうろたえたりはしないだろうことだけは解る。
 思わず彷徨わせた視線に、足許の空を映した水溜りが収まる。
「……雨宿り、だ」
 苦し紛れの言い訳。到底、誤魔化されてくれないだろうことは、胡乱気な表情で知れる。
 まぁ、当然と言っちゃ当然だが。
 っていうか、だ。こいつも男の子なんだから、当然この辺の実情ってやつを身をもって知ってるんじゃないかと考えつつ、その面を窺う。
 ……性欲なさそう。
 抱くところ、抱かれるところ、欲を交わすところ…全てに違和感が付きまとう。
 こいつに相対するときに時折感じるのは、儚さだ。恐らく、この容姿から受けるんだろうけど、生きてく為っていう最低限の欲さえ窺い知れないとこにも原因はあるのかも知れない。
「そういうお前こそ、んーだってこんなとこ居る」
 それは冷やかに向けられる視線が、あまりにも痛かった所為で口を突いた台詞に過ぎない筈だった。
 そうだ。あの幼い軍主は、暫くは遠征やら交易やらの遠出はないと言っていた。それを聞いて、こんな場所に繰り出したんだ。
 と、一瞬、翡翠が揺れた。薄く開かれた唇が、僅かの逡巡を経てそっと結ばれる。
 な…んだ? 今の。
 疑問に思う間もなく、ゆるりと弧を描く口許。
「……あぁ、僕も雨宿りにね」
 そう妖艶な笑みを浮かべて、赤く色付いた唇が告げてくる。
「―――ッ、」
 本気、か?
「……間抜けな顔」 愕然とした俺を揶揄って、ルックはくつくつと笑う。
 印象や外見がどうであれ、こいつも男だってことは何度か風呂を一緒にしたことで知っている。が、しかし!…だ。
 清廉然としたこいつが、いわゆる…そういう欲に溺れてる様というのが、全く持って想像出来ない。
 官能に喘ぐ、そんな様を。
「…ッ、ヤベ」 想像して、思いっきり下半身にキた。
「何がさ」
 焦る俺に訝し気な視線を向け、次いで呆れたように肩を竦める。
 いや、もう、何でもいいから…ちょっと場を外してくれ! 場所が場所なだけに、押えるのにも躊躇するんだよ。
「……あんたが変なのなんて、今に始まったことじゃないけどね」
 溜息混じりに呟いてくれる、が。
 誰の所為だと思ってやがる! とは勝手な妄想した自覚があるだけに、流石に言えず。

 何はともあれ、暫くの間雨宿りは控えようと肝に銘じた。




2006.03.16



 男の子の事情、下ネタ。下品でゴメンナサイ。
 っていうか、こちらの坊さまは男前を前提に書いてた筈……なんだけどなぁ???



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