[ 14. 歌声 ]
ざわざわと、常とは違う種の落ち着きない雰囲気が漂う。 グレッグミンスターから召集されて駆け付けてみればこの様、という現状に知らず眉間に皺が寄った。 城門を一歩踏み込んで、いつもと違う雰囲気に違和感が湧いた。 「……何かあったのか?」 隣に佇んでいる軍主へと視線を向ける。その苦笑を浮かべた顔を見、返事を待たずそれを確信する。 「というか、気付かれちゃったんです」 なんとも曖昧な表情から、これまた微妙な答えが寄越された。 首を傾げると、 「夜中の、子守唄です」 と苦笑と共に返ってきた。 「…あぁ」 子守唄と評したそれはそのまま、同盟軍きっての魔法使い・ルックが魔力の防壁をこさえる際に紡ぐ言霊の術法へと脳内転換される。 「あれ、”セイレーンの唄だ”って騒ぐ人たちがいて」 直に屋上に転移し、責とばかりにそれをするルックの姿は誰にも見られることはない。となれば、歌声は響けど歌い主は誰かも知れぬ。 それも相まって、ここ最近砦内を沸かす噂と成り果てているのだと言う。それも、不安を煽る方面の。 「っていうかさ、今頃なのか?」 俺がこの砦を訪れるようになって、それは散々耳にしてきたモノだ。 「いえ、ちょっと…砦内が静まり返っちゃった時期と重なったんで」 僅か翳りを帯びた笑みに、そういうことかと思い当たる。 この幼い軍主の傍らにずっと在った、満面の笑顔が消えて幾日経った? 「何よりも一番の問題が」 ルックが気付いてないってことなんですよねぇとの、溜息混じりの台詞に 「はっ?」 と本気で首を傾げた。 「自分のことだろ」 「っていうかルック自身、唄歌ってるつもりなんて微塵もないみたいですから」 「あー、そりゃぁ……な」 ルックのアレは、いわば詠唱だ。確かに、一定の旋律で綴られる上、高い澄んだ声音で紡がれるから、他の者たちには唄に聴こえるのも道理だが。 そこで、深い溜息が軍主殿から零れる。 「噂になってるの気付いたら、子守唄消えちゃいそうな気が…しません?」 窺うように上目遣いで見上げてきた。 心配はそこな訳、な。 俺個人的にも、アレが聴けなくなるのは勘弁願いたい。 確かに独占したい気がしなくもないが、それは、それが叶うのならというのが前提であればこそ…だから。 それは―――今だ動くのにも躊躇してる情けなさを見るにつけ、まず有り得ない。 「大丈夫、じゃないか」 「そうでしょうか?」 「アレ、本人が自主的にやり出したんだろ」 3年前もそうだった。何をやってるんだ、と咎めて初めて、子守唄然としたそれが魔力の防壁を編む為の言霊だと知らされた。 「途中で放り出したりはしないヤツだし」 必要だから、やっている。そのくらいの認識しかしてない筈だ。あいつ自身が不必要だと認識したら、それこそこっちがどんなに懇願しても腰も上げないに違いない。 そのくらいには、一線をきっぱりと引いたヤツでもある。 「はぁ」 「んーだ?」 感心したような瞳を向けられて、問えば。 「マクドールさんって、ちゃんと見てるんですね」 じっと見つめてくる琥珀の瞳に、はて? と首を傾げる。 いや、昔ならいざ知らず。今は全くそんなつもりはなかったから。否と口を開きかけて、それはそのまま停止した。 たった一つの、例外に気付いたからだ。 そう、今の俺が見てるのは………あいつ、だけだ。 その事実に思い至り、カッと顔に血が上がる。 「ッ、」 やたらと火照る顔を、咄嗟に伏せる。 「マクドールさん、どうかしました?」 不思議そうに訊ねてくる軍主には、何でもないと顔を伏せたまま、手だけをわたわたと振って返す。 自覚、ない訳じゃなかったけどな。 ようやっと引いた火照りに、心底疲れを感じつつ面を上げる。 「僕もちゃんとしないとなぁ」 暢気にのたまう姿を見るに、何かを勘繰ってとか、深い意味で言った訳でないことだけは知れるが。 最近、挙動不審の自覚がしかとある身としては、逆に心地悪い。 「あっ、じゃあいっそ! あれがルックの仕業だって公言した方がいいですかね?」 名案を思いついたとでもいうように、ポンと手を打つ軍主の嬉しそうな表情に。 「それは……止めといた方がいいと思うぞ」 砦内の平安を保ちたかったらな、と告げた。 無用に注目されるのは心底嫌う性質だ。好奇の目の中心に置かれれば、機嫌の悪化は免れないだろ。 「う〜 やっぱり…?」 駄目ですかね…と項垂れる軍主には、申し訳ないが。 個人的に。 砦の平穏とかそれ以上に、あいつに今以上の人目が集まるのは、勘弁して欲しいってーのが本心だったり、する。 2006.03.27 ・ back ・ |