[ 16. 朱に染まる ]




 ワタワタして。
 呆けて。
 朱くなって。

 そうさせる相手の姿を目にする度に、この現状は酷く理不尽だ…と、思う。
 そんなこと思ってしまうのは、それが自分ひとり、だから。
 だったら?
 あいつが巻き込まれてくれたら?



 さえずり歌う小鳥やら、長閑に響く牛の鳴き声。
 心地よく吹き抜ける風に翻る、洗濯物の数々。
 訓練に励む兵士たちの声と、無邪気な子どもたちの笑い声。
 ここ数日晴天に恵まれて、同盟軍の城はイヤになるほどに活気に満ちている。
 と、いうのに…だ。
 同盟軍内で人気ナンバーワンと軍主殿からお墨付きの石板守りが定位置は、いつもの定員数を一名増やしているにも関わらず、やたらと静かだった。
 そう表すれば聞こえはいいが、実際は。
 落ち着きのない増一名の存在の所為で、実に違和感付きまとう場へと化していた。
「何?」
 いい加減、鬱陶しさに嫌気を覚えたのか、うんざりした声音が違和感を醸し出している人物へと遠慮なく向けられる。それ即ち、俺自身へってことだが。
「あ…ぁ」
 訝しげな色を乗せる翡翠にまともに映し込まれ、ようやっと着いた決心が揺らぎそうになる。これを決心するまで、幾日掛かったかなんて……白状すると嘲られそうだからそれに関しては口を噤む。
 目は口ほどにものを言うという言葉は、こいつに関する限りぴったり当てはまるものだとつくづく思う。
 お陰で視線を逸らさず真正面から見返すのには、多大な緊張感を要する。
「……用件、聞いてるんだけど」
 眉間に寄った皺はこちらの動向を訝るもので、機嫌の悪さ故の賜物ではないことくらいは解る。そう、そのくらいは解るくらいには……親しいつもりだ。こいつはどう答えるかは知らないが。
「…あぁ、だよな」
 喉がヒリヒリと痛みを感じるほどに乾く。
 たったひと言。
 告げたい、だけなんだが。
 それがこんなに難しいことだなんて、初めて知った。
「ーっと………だな」
 言いよどむ様に何を思ったか、 「鬱陶しいよ」 きっぱりと言い放ってくる。
 解ってるよ! 俺だって、こんな俺は鬱陶しい!!
 目の前にこんな俺がいたら、確実に拳骨のひとつは喰らわしてる。
「〜〜〜だから、」
 まともに顔が見れなくて、僅か視線を外したまま。
 男は度胸だ、と下っ腹に力を入れた。
「……………好きだな、って思うんだけど」
 ぽそりと告げる。
 告げるというには語弊があるくらいには、囁きに近いそれだったかも知れない。無駄に入れた力は一体どこへいったのか。
 というか、語尾が掠れてたのが自分でも解って、別の意味で耳もとが熱を持つ。
 それでも告げたかった相手が聞き逃さなかったことは、ぴくりとわずかに上がった眉尻の動きで知れた。
 相手がこいつってことや、初めて経験する感情ってことで、それは俺にしてみりゃ、一世一代の大告白ってヤツだったんだけど。
 返されたのは、 「……何が」 という何とも答えようがない単語。
 そりゃ…俺だってこいつが頬染めて…なんて可愛い仕草するなんて、これっぽっちも期待してなんてなかったけど、だな!
「………あー」
 一世一代の決意の末、返された単語のあまりの切なさに全てが霧散してゆくのを感じた。


 心地いい風が頬を撫で、バンダナの裾を躍らせる。
 あいつの宿す真の眷属である筈の風はこんなに優しいのに…と思って、思わず屋上の手すりにおでこを押し当てたりしてみた。
 ……それより何より。
 あの後、 「いや、もういい」 ってあの場を去ってしまった己がある意味不甲斐ない。
 そもそもあいつのことだ。
 恋愛感情なんてものを解してないことだって、充分有り得る。
 行き着いた思考の行く末に、情けなくも頭を抱えた。
「〜〜〜〜〜〜ッ」
 要するにそれって、俺の一人相撲ってやつじゃないのか?! ある意味、悲し過ぎるだろ! あいつに惹かれてるって気付いてから、一人相撲ばっかやってる気がする。
「あっ、マクドールさ〜ん」
 かなり落ち込んでるとこで、いきなり暢気な声が名を呼んだ。
「……お〜う」
 右手だけを上げて軍主殿に返答する。
 その様で、こちらの状態が通常でないと気付いているだろうにトコトコと歩み寄ってくる足音。
「何かあったんですか?」
 言葉と共に、足音が真横で止まった。
「あ?」
「疲れてるみたいだから?」
「………」
 思わず溜息が零れてしまう。いろんなこと背負ってるこいつにまで心配させて、何やってんだ俺は。今の表情を見せれば余計心配させるかも知れないとは思いつつ、のっそりと顔を上げた。
「いや、別に…」
 無理に作った笑みを向けるので、精一杯な状況。
 何か、ここまでダメージ食らってる事実がいっそ情けなさに拍車を掛けてる気が…する。否、気がするんじゃなくて実際そうなんだろうけどな。
「そうですか?」
 大きな瞳を瞬かせて小首を傾げて訊ねてくるのに、苦笑混じりにひとつ頷き返そうとした、のだが。
「ルックも、石板前で赤い顔してたし」
「………あ?」
 幼い軍主殿の台詞に、刹那思考が停止する。
「何かね、『何だってんだ、あの馬鹿は』って呻いてましたよ」
 だから、何かあったのかと思って? という軍主に、裏があるのか、それともただ純粋になのか量りかねるも。
 それすら些細なことだと。
 きちんと届いていたらしい想いの言葉に、朱の散る心持ちがした。



 ワタワタして。
 呆けて。
 朱くなって。

 そうさせる相手の姿を目にする度に、この現状は酷く理不尽だ…と、思っていた。

 だけど、それがひとりじゃない…って?
 少なからず、自分の言葉に動揺くらいはしてる、って。
 些細ともいえるその事実は、胸の内にほんのりとした温かみを落とした。




2006.06.01



 初告白!
 報われてるのか、ないのかは、甚だ疑問ですが。



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