[ 18. 独り言 ]




「……好き、なんだよなぁ」
 それは、零した本人にさえ何気ない台詞だった筈、だ。
 発した先から消え行くような、誰に向けるとも聞かせるともなかった、ただの独り言。
 そうなる筈、だった。
 ただ、聞いている者さえなければ。



 ここ最近、酷く居心地の悪い視線を感じる。
 それも結構な頻度で、だ。
 それまでも不躾な視線を感じていなかった訳じゃないが、それらとは一線を画す類の幾多の視線。
 何か、凄っげー居心地悪いんだが……。
「マックドールさーーーんv」
 楽しそうに弾む声音で名を呼ばれる。視線を向けずとも、そうする相手はひとりしか浮かばない。
「……軍主殿、か」
 案の定、仔犬のように走り寄ってくるのは天魁星でもある軍主殿、だ。相変わらずの様に、思わず眉間の皺も緩む。
 理由も解らないような鬱陶しさにイライラしてるよりは、こいつを相手にして気を紛らわせられるのなら、そっちのがよっぽどマシだ。ちょっとばかし騒がしいのを我慢すればいい。
「探しちゃいましたよ〜」
「何か用か」
「はい、聞きたい事あるんですv」
 大きな瞳を輝かせて、ずいっと身を乗り出してくる。なんつーか……えらく期待に満ちた目に、咄嗟言葉が詰まる。
「な、んだ?」
「マクドールさんの好きな人って、誰ですか?」
「………は?」
 思ってもみなかった問いに、瞬時固まる。思考、身体機能諸共に。
「マクドールさんが好きな人を想って黄昏てたって、ここ最近一番の話題なんですよね」
「それか…」
 それで、ここんとこの不躾な興味本位の視線が向けられる理由が解った。
 が、しかし。
 んーだって、そんな噂が流れる!
 そんな様、誰かの目の届くとこでやった覚えねーし! 見られてたとしても、気付くだろうし!!
 そして、はっと気付く。
「あ、れか……」
 目の前の軍主殿にあいつが連れ出されて、誰も居ない石板前でぼ〜っとしてた……記憶はある。
 思わずてのひらで顔を覆った。
 あん時はぼやいた直後にはっとして、慌てて周囲を見回してみたが誰も居なかったから誰かに聞かれたなんて思ってもなかった。
 救いは、あいつの名を出してなかったことだろうか。
 期待に満ちた大きな瞳がじっと見上げてくるのに、溜息ひとつ。遊んでもらうのを楽しみにしている仔犬みたいだよな、こいつ。
「………言わねーよ」
 つーか、言えねぇ。
 自分的には、誰に知られてもいいのだ。俺の存在ってーのは、結構目立ってるらしいしそれなりの重さもあるらしいから、それはある意味あいつに近付く者等への牽制にもなり得るだろう。例え、コレが俺の一方的な想いだとしても、だ。
 だけれど、そう出来ないのはあいつへの周囲の者たちの対応が変わってしまうという危惧を考えてしまうからだ。
 あいつ自身がそれを望まないだろうと、そう思うからだ。
「はいv」
 が、何とも嬉しそうな声と笑みに瞠目する。思わず視線を向けてしまえば、気味が悪くなるほど満面の笑みがあり。
「……んーだ?」
「良かったですv」
「は?」
「だって、マクドールさんが好きな人の名前、考えもせずに明かすようだったら僕らもそれなりに考えないといけないかなぁって?」
 ちょこんと首を傾げて言う台詞に、咄嗟言葉が詰まる。
「なっ、」
「だって、下手したらここ崩壊しそうだし」
 そう言って、小さく舌を出す―――その様に。
 俺の想い人など、既にこいつには知られてることに気付く。
 っていうか……んーだって、知られてんだよ!!!
 心中では叫べど、流石にこれ以上の墓穴を晒す訳にもいかず、思いっ切り項垂れた。


 結論―――壁に耳あり、障子に目あり。




2006.08.31



 2主は結構あざとい、ってことでv




・ back ・