それから 確認、驚愕、そして怪訝という道筋を経て、 「………どうして、」 最後は、心底呆れた声音に落ち着いた。 かちり、と置かれた茶器からは発せられた音に、 「……どうも」 と心持ち頭を下げる。 いつもはしない所作だが、思わずしてしまうのは、そうせずにはおれないくらいに、茶を出してくれたその態度が不機嫌極まりないものだからだ。 何の触れもなく唐突に訪れた俺を、あいつは理由も何も訊かずに、そのまんまあいつの師の元へ強制連行した。 「どうして」 だとか、 「どうやって」 だとか。 一応、俺としてはその辺の疑問への答えとかを用意しといたにも関わらず…な対応に、みっともなくはない程度に焦った。 あいつの師、イコールレックナート。相手が相手だ。あれこれあっただけに、あんまし見たい顔ではなかったって所為もある。 だけど、それが第一関門だってんなら致し方ないだろう、とばかりに挑んだレックナートからは、ルックが了承すれば滞在してもいいとのお言葉を有り難く頂戴した。 それは思いっきり、こいつの予想と反していたんだろう。レックナートの言葉をそのまま告げたら、めいっぱいのしかめっ面を浮かべていた。 あ〜 久方ぶりに会ったってーのに、その辛気臭い顔は何だ。思いながらも、言えない。ここで機嫌を損ねるのは得策じゃない。 「要するに、だ」 渋々だろう出された茶を、そんなことには構いなく美味しく頂く。いつも思うけど、こいつって茶淹れるの巧いよなぁ。 「建設的な方を選んだだけ」 「……へぇ」 「3年も離れてるくらいなら、毎日顔合わせて想い囁いてた方がいいと思わねぇ?」 それは、別れ際に交わした会話への、俺なりの回答に他ならない。満面の笑みで問うてみれば、実に嫌そうな表情が見られた。 「刷り込みでもする気」 「まぁ、そんな感じだな」 何しろ、相手お前だし? と、飄々と言ってのけてやる。翡翠に僅か滲む殺気に気付きはすれど、 「つーかな」 そんなのも今更だし…と言葉を繋げる。 「お前の言う通りしてたら、いつまで経っても埒あかねぇし」 会わずにいる間に、俺のこと考えてくれてるかも…なんて、こいつ相手じゃあ全く持って甘い考えだ。 それよか、3年間離れてるくらいなら。その3年間傍に居座って、俺のこと思い切り認識させる方が、よっぽど理に適ってる。 という結論に達した訳だ。 思い出せば、こいつはどこぞの誰某に告白される度に、冷めた笑みひとつで相手を一刀両断していた。間が悪くその場に行き合わせ俺でさえ、そんな様を何度拝んでいることか。 ってことは、だ。 猶予を与えられた時点で、こいつにとっちゃ俺ってある意味特別…ってことにならないか? こいつは全力で否定すんだろうけど。 まぁ、そんな些細なことでも、色んなことを前向きに考える要素にはなる。 つーか正直、しなきゃもたねぇ。何しろ、相手がこいつだから。 日頃吐き出される台詞や態度から俺への気持ちを読み取ろうなんて、無理無謀だ。そいつが出来りゃ、俺はひとりでこんなに右往左往してまいよ。 「って訳で、世話になるから」 「………いい迷惑」 うんざりとした態で言われたが、 「じゃあ、早速だけど茶器洗ってよね」 食料の調達と家事の諸々を手伝うことで、何とか暫くの間滞在してもいいとの許可は得た。 ………俺ってば、これでも一応名家のお坊ちゃんなんだけどなぁ。 塔に居座って早5日目。 本日は書庫の埃払い。初っ端、どこの図書館だ? と度肝を抜かれた蔵書の数は、半端じゃない。他に娯楽のないだろう塔での生活で、この書庫がルックの唯一だったのだろうなんてことは、想像に難くない。 「そういやぁ、アレだな」 「何?」 他のところは(階段とか廊下とか)全面的に任せられるが、ここの部屋にはそれなりにチェックが入る。未だ入室してない星見の魔女の個室と、日頃使わない部屋は、ルックですら手を入れかねているらしく、カオスに等しいそうだ。 「そろそろ記念日だよな」 「……? 何、それ」 「初めて出会った日」 「…………」 思い切り眉間顰めて胡散臭そうなもの見るような目で見てくれんなよ。まぁ、ある意味予想に違わず…だがな。そんなの当たったって嬉しくも何ともねーし。 俺だって、はっきりした日付まで覚えてやしなかったよ。そろそろ誕生日だな〜とか考えてたら、次の日に皇帝陛下に謁見したことやら、その翌日に早速使者といえば通りはいいが、要するに使いっ走りさせられたこと思い出したんだからな。 「ついでに、再会記念日は…聞きてえ?」 「遠慮しとく」 ありがたい。 そっちは流石の俺も覚えてない。秋の初めっぽかったなぁくらいしか。 つーか、目の前のこいつが俺の中でこんなに大きな割合占めるヤツになるなんて……露程も思ってやしなかった。 そう思うと、色々と感慨深いよな。 「……ぁ、」 「んーだ?」 嫌そうに歪んでいた眉根が、唐突にその趣を変える。 「……結界、誰か触れた」 あんたが入り込んでから、強化しといたのに―――との言には、素直に喜んでいいのか。 「何?」 「………人、かな」 翡翠を眇め、どこか遠くを視る様は、面倒というよりは楽しそうにすら見える。 「ルックさん?」 「久々に、遊べそうだよね」 「おいおいおい」 もしかしなくても、初めて遭った時もんーな感じだった、訳? というか、その結界とやらは全てのモノを排除するんでなくて、入り込むのに何かの因子がいる類のやつ…だとか? 今の”遊べる”発言は、つまりそういうことだろ? どうせなら、デュナンの砦でやっててくれた結界にしてくれりゃいいのに。こいつの穏やかな歌声(厳密に言うと違うけど)なんて、そうそう聞けるもんじゃねーし。 「あんたは行かないの?」 「はっ?」 「これは、ここにおいて唯一の娯楽だよ」 いつになく楽しそうにのたまわれれば、日頃の退屈も相まって否と言える筈もなく。 「クレイドール?」 ここ最近、鍛錬時しか手にしていない棍を手に取る。 「まずは、相手を見てからね」 挑戦的に煌く瞳に、こちらの鼓動までが高まった。 俺と出遭う数年前のあいつも。 こんな風に、翡翠を煌かせたんだろうか。そんなことを考えながら、ルックの転移に身を委ねた。 視界に入るのは、深い森の狭い獣道を進む、男3人女1人子供1人のパーティ。 こいつ等のどこら辺が結界の琴線に触れたんだろう、と訝しく思う。取り立てて、そうする何かは俺には感じない。尤も、あのレックナートが張った結界だ。どんだけ考えても、解る訳ないというか…解りたくねぇ。 高みの見物じゃないけど、姿を隠したまま 「何用だ」 と訊ねれば。 リーダーらしい長身の男から、 「レックナート殿に目通り願いたい」 と返って来た。キョロキョロと辺りを見回しながら、ちゃんと返事を返す様が笑える。 ってーか、目的は、やっぱあの得体の知れない魔女さんね。 潜伏中だといって、人の入り込めない目につかない場所に居を構えながらも……こういう輩は居るのか。俺でさえ、この場所を探すのに丸一年掛かったってーのに。知名度だけはやたらと高いからなぁ、あの魔女。 「どうするんだ」 と隣りに佇むルックに訊ねると、 「久々に暴れたくないか」 と問われ。考える間もなく、首肯する。実際、鍛錬だけに終始する日々は、そういう高揚感やら緊張感とは無縁だから。 それなりに期待していたルックとの手合わせは、レックナートに固く禁じられている。ヤツが言うに、貴方方は己を抑える術をまず知らなければ―――ってことだった。 「やっていいのか」 意気揚々とした俺の態に、僅か眉間に皺を寄せながら、 「ひとつ忠告しとくけど、あくまで遊びの範疇でだからね」 派手に立ち回って、レックナートさまに叱られるのだけはゴメンだからねと注意を促してくる。 「解ってるって」 「……どうだか」 そうひと言、呟いて。 茂る雑草を掻き分け進む一行の前に―――あちらさんにとっては唐突にだろう―――揃って立ち塞がり行く手を遮る。文字通りぎょっとした一行の態に、 「ちゃんと、遊べるんだろうな」 との疑惑が湧いた。 「ーだ、誰だ、お前たちは!」 おいおいおい、声裏返ってるって。こいつら、本当に結界越えてきたのか? 俺でさえ、かなり手こずったぞ、あれには。 と、先頭に立つリーダーの脇に、見掛けは実に可憐な少女の姿が見て取れ。ゆらゆらとたうとうように溢れ出す魔力に、目を瞠った。 あぁ、琴線に触れたのはこのおんなのこな訳ね。 「貴殿らにその資格があるのかどうか、お手並み拝見といこうじゃないか」 ルックは杖を構えると、壮絶なまでに妖艶な笑みを浮かべた。 取り敢えず、俺の標的は―――今現在ルックに見惚れて現状況を見失ってるリーダー格の男に決定! さーて、さくさく参りましょうかッ! とばかりに。 未だ呆然とした態の男に向かって、軸足を踏み込んだ。 硬質な武器が交わり弾く音。 風の刃が巻き上げる草木。 怒号と、上がる呼気。 久方ぶりに対するそれらに、胸を孕むのは、危機感よりも高揚感。 「結構、やるじゃん」 「ま、暇つぶし程度には」 俺たちの軽口に、いきり立った奴らが襲い掛かってくる。最初はルックの見た目に手を出しこまねいていた野郎共も、直に魔法をくらった後は認識を改めたらしい。それでも、想定範囲内だ。生かさず殺さずがこちらの思うが侭、って程度の腕前。 些か厄介といえるのが。 「来るよ、」 辺り構わず放下される雷鳴の魔法。 これが、例の少女の魔法だったりする…んだが。 魔力の制御が出来ていないらしく、敵味方万遍なく攻撃してくれる。有難いのか、そうでないのか。 「スリリングだな」 決定的なダメージは与えず、それでも精神的にはある程度疲弊させた頃。 唐突に、ルックは杖を脇に下げた。察して、こちらも一歩引く。 あ〜、ここにきて、御大お出ましか。 「―――主がお会いになるそうです」 と、些か呆然とした態の一行へ静かに告げた。 塔の入り口まで送った一行は、恐らく辟易しながらもあの長い階段を登っている頃合いだろう。そう中りをつけながら、ルック手製の焼き菓子を共に茶の時間に突入した。 「結局は、あの魔力の制御出来てないおんなのこに、高名な魔女さまのアドバイスをってとこだろ?」 紅茶に蜂蜜をたっぷり注ぐのを横目に、ルックはだけれど何も言わずに頷いた。 「書庫掃除で固まってた身体解す程度の運動にはなったか」 「あぁ、その程度にはなってくれないとわざわざ出た甲斐ないだろ」 小さく鼻を鳴らして辛辣な言を吐く。 「まぁ、でも……あのくらいならぎりぎり合格ってとこかな」 「へぇ」 だとすれば、随分レベル的には低いだろ。退屈しのぎにはなったけど、本気を出すには程遠かった。 「何しろ、今までまともに相手になったの、あんた達しかなかったから」 なーる程。そんな経緯で、こいつはこんな高飛車なヤツになった訳、ね。こいつの世界は広いようでいて、案外狭い。まぁ、しかし、だ。 「クレイドール見て、逃げ出さない奴らのが居ないと見るけど」 実際、俺だって初めてお目に掛かった時は肝が冷えたし。 ってーか、お前の相手になれるヤツの方が珍しいだろう。容姿で油断させながら、翡翠で気圧しつつ、いざ向き合えば予想だにしなかっただろう魔力だ。 ある意味、敵に回せば厄介極まりない。 「……そう思うと」 ひとり納得しつつ、焼き菓子を頬張ったところに、和んだ視線が向けられ。 「あんた達との邂逅は、僕にとって案外貴重だったのかもね」 溶ける翡翠も柔らかに。 見つめられ、告げられて。 「…………」 「あっ、レックナートさまがお呼びだ」 じゃあ後でね、と軽やかに法衣を翻し転移を為す。 「…………………マジ?」 たっぷり瞬き10回程度する間は固まってた…と思うが、解けた後に出た言葉は、たったそのひと言で。 何だよ、俺。 ちゃんとそれなりの認識されてるんじゃん。 それともこれは、刷り込みの賜物ってやつか? 先程の一行を送りに行ったんであろうルックに、どんな悪戯を仕掛けたのか訊ねるのを楽しみにしながら、新しい茶の用意に掛かった。 茶を飲んだり、言い合いをしたり、ただ黙々と家事に勤しんだり。 そんな他愛もない日常が、こんなにも満たされていると感じるのは共に在るのがあいつだからか。 取り敢えず、今は。 刷り込み具合に関わらず、少しでもこの時間が続けばいいとだけ願おう。 ...... END
|