「……俺、なんかしたか?」 そう、ずっと問い質したいと思っていた事柄をやっと口にする。 その間、10の月と11の太陽を見た。 が、相変わらず胸に去来するのは達成感とは程遠い虚しい思いばかりだ。絶対問い質すと決意した最初の日は困惑と怒りばかりだったんだがな。それが、虚しさになるのにそう時間は掛からなかった。 「…………は?」 だけれど、そんな俺の心中を知ってか知らずか、目の前の翡翠の瞳はきょとんとまーるく円を描いた。 そして、もう一度 新しい年が明けて太陽が昇るのを、五度ばかり目にした。 それも、魔術師の塔から一番近い町で、だ。んーな予定じゃ、全くなかったっていうのに。 ぜーぜーと、呼気も荒く仁王立ちする俺を見、不思議そうにルックは問うてくる。庭の隅の畑に降らせている雨はそのままに。……ってーか、魔法使って…なんてものぐさしてんなよ。 「帰ってたんじゃないの?」 「はぁ?」 「………帝都に」 「なんでそーなんだよ」 俺、帰郷するなんて一言でも言ったか?! 「年を越す時期には、遠方に出稼ぎに出ている人等は郷に帰るものだとレックナートさまが仰ってたから」 てっきりあんたも戻ったのかと思ってたよ、としれっと言ってのけてくれてるが……。 「出稼ぎ出てねーし。そもそも、戻るなんて言ってねーし! そんな気全然全くねーし! 極悪非情魔女からのお使い命令で買出し行ってただけだし…ってーか、あんまりムカついたからそれは食っちまったけど」 確かに、レックナート御用達の菓子屋で買った異国の和菓子とやらはそれなりに美味かった。 いや、待て。今はそんなことが問題なんじゃなくて……! 「それよか、何だって結界あんなに強くしてんだよ!」 破れなかった―――。俺自身は魔法使いじゃないから、そっち方面の真持ちエキスパートと競えばいいとこ相討ち程度にしかならないんだろうなとは解ってるが。それにしたって、以前は破れた結界がやたらと根性入れて張り巡らされてた。その張った輩が齢ン百歳の魔女ともなれば、俺などは赤子に等しいだろう。今は、まだ。 「年越しのまったりした時間を、外からの連中に邪魔されたくないからだって」 「………いつだって、まったりしてんじゃねーか」 ぶすくれて言うと、綺麗に弧を描く眉が訝しげに歪んだ。 「あんたも解放戦争時やってただろ」 「…………あぁ」 確かに。戦局が落ち着いていた時に、最前線に立つ兵士には最後の年越しになるのかもしれないという思いから数日の帰郷を許してはいた。 「あんたにもかえる場所があるじゃないか」 ルックには、そんな場所ない…らしい。 未だにこいつは、自分のことは全く語らない。 この塔がそうなのかとも思ったがんーな思い入れある訳でもないみたいだし、レックナートとはあくまでも子弟の関係に過ぎないらしいから、それは違うんだろう。 想像するしかないこんなそんなに、俺がこいつに受け入れられてる限界点を知らしめる。 「別に……も、いいよ」 何かもう、すっげー疲れた。 初めてこいつと同じ年を迎えられるとか、正直浮かれてたのも確かだ。その所為で、レックナートにはめられたのも仕方ない。あの魔女にとっちゃ、未だに俺は招かれざる部外者だろうからな。 それでも、時期見計らって結界弛めてくれたのには、感謝しなきゃなんねーんだろう。甚だ、不本意だが。いつか、目に物見せてやる!と決意しながらだが。 「そ、じゃあ薪割りよろしくね」 「…………俺にはまったりなしかよ」 う〜 こういうヤツだって知ってて惚れたんだから、仕方ないとはいえ。その上、今はまだ俺からの一方的な好意だって解ってっからいろいろとアレだけど……やっぱ、何か割り切れねぇ。 が、しかし。 普通っていう枠じゃ全然収まりきれない想い人に、このもやもやを理解してもらおうなんて考える方が無謀だって、長いのか短いのか計りきれない付き合いの中で学んだ。 うん、ある程度の諦めが肝心ってこともな。 「じゃ、薪でも割らせていただきますか」 即行戻る予定だったから手ぶらで出たのに、ここ数日でどうしても入用で購入に至ってしまった荷を傍らの木の枝にぶら下げる。 「ああ、そうして」 ……自分で自分の趣味疑いたくなる瞬間だ。別に優しい言葉が欲しいって訳じゃねーけどな。 「へいへい」 溜息を隠して、踵を返しかけた、ところで。 「で、あんたは」 ぽそりと声が掛けられて、ん?と振り返る。と、こちらを向いたままの翡翠の瞳が悪戯に煌いて。 「何て言って欲しい?」 「はい?」 何だ、その質問は??? 頭の真上に疑問符を巻き散らした表情をしていたんだろう俺に、口端を軽く弛めたルックは再び問うて来た。 「じゃあ、『おめでとう』、」 「―――は?」 「と『おかえり』、どっちがいい?」 「ーーーッ、」 胸が思い切り跳ねた。 畜生、この意表の突き方って、どうなんだ? それよか……どっちがいいか、だと? んーなの。 「両方に決まってんだろ」 自信満々に言い放てば。 否か応かの返答を待つまでもなく、見惚れるほどに綺麗な花のかんばせは、それはそれは艶やかに綻んだ。 あぁ、ーったく。 この不意打ち感が堪んねぇ。 ...... END
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