[ 08. 戯れ ]




 水面を渡る風は凪ぎ、頬を掠めては行過ぎる。



「ルック、此処に居たんだ」
 探したよ、と小さな背に声を掛けると、ゆるりと深い翡翠が向けられる。
 僅かに寄せられた眉間の皺は、だけれど機嫌が悪いという訳ではないようで。
「何か用な訳?」
「うん、傍に居て?」
「………何、それ」
 呆れたように、零された。
 いつもと変わらないそれには笑みを返して、そのまま彼の隣りに座り込む。
 微妙に空けた隙間は、拳4つ分。
「……此処、好きだよね」
 にこりと微笑んでそう言えば、ちらりと眇めた瞳が向けられた。だけど、言葉はない。
 視界の先に広がるのは、凪いだデュナン湖と遥かに遠い対岸と、ただひたすらに青い、空。
「だけど、流石に城壁外は拙いんじゃない?」
「…………大きなお世話」
 右に視線を流せば、ちゃんと拳大程の砦が見えるその場所。常日頃から騒々しいあの砦から、一時の穏やかな時間を求めて、ルックは時折此処に訪れてる……らしい。
 この辺りの魔物の習性も弱点も知り尽くしているし、移動は転移だから大丈夫だと言うけど。
「何も一人で来る事、ないと思うんだけど」
 せめて、僕が砦に居る間くらいは。
 誘ってくれてもいいんじゃないかと……そう思う。
「そんなの、意味ないじゃない。何の為にこんなとこまで来てると思ってるのさ」
 そんなの、知ってる。
 誰も何もない、そんな場所で。
 風と戯れるんだ……彼は。
 初めて見たのは、3年前。遠征先の宿屋で、慣れない長旅の所為で酷く焦燥し、先に部屋で休んだ筈のルックの姿がないのに慌てて探し回って。街外れの小高い丘の上で、その小さな姿を見つけた時に、そうする彼を見た。
 弄ばれ乱れる髪もそのままに、酷く穏やかな顔付きで風と戯れる―――そんな姿を目にして。
 見惚れると同時に、ルックにあんな表情をさせられるのが何故自分ではないのだろう…と、その時僕は小さな胸の痛みと共に、そう思った。
「それに、あんたは放っておいてもちゃんと来るんだから」
 僕が連れて来てやる必要ないだろ―――と。
「えっ…」
「何さ、」
「いいの?」
「……だから、何が」
「鬱陶しがられてるのかと思って」
 そう言うと、暫しの静寂が落ちる。
「そう思いながらも、来るトコがあんただよね」 そして、深い溜息とともに零れる言葉。
 それには、苦笑しか返せない。
「だって、傍に居たいから」
 だから、仕方ないよね。それに…。
「風が優しかったから?」
「ッ、」
 本気で嫌だと思ってるんだったら、ルックの性格上こんなに風は穏やかに凪いではいないだろうから。
「居てもいいんだよね?」
「……勝手にすれば!」
「うん、ありがとう」
 笑みと共に伝えたそれには、至極不本意そうな表情で返されて。
 自然綻ぶ口許に、益々ルックの眉間に寄る皺が増える。
「いつまでもヘラヘラしてんじゃないよ」


 そう言いながらも。
 頬を掠める風は優しくて。

 本人よりも余程雄弁なそれに。
 ただ、薄っすらと目を細めた。



2004.02.23



 場所的には別に屋上でも良かったけど、たまにはデートの待ち合わせ?って感じで(爆笑)v



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