[ 11. 待って ]




 風の眷属の姿も見えない屋上で、彼が風と戯れるのはいつもの事。
 そういう時の彼の背は、まるで他を拒絶し戦地へ赴く様までを彷彿とさせる。
「案外、キツイ」
 屋上の石造りの壁に背を預けたままに、屋根の上の立ち姿を視界に映し。無意識の内にぽそりと零すと、瞼を閉じて風を受けていた少年の綺麗な背筋がぴくりと反応した。
「何?」
 そのまま、綺麗な翡翠と共に訝しげな声音が向けられる。
「うん、待つしか出来ないって、キツイんだなって?」



 もし、一国の名を拝した英雄などでなかったら。
 もし、この身に宿る紋章が"生と死"などといった戦場に野放しに出来ない類のものでなかったなら。
 そうしたら、君の傍で共に闘えたんだろうか。



「考えても仕方のないこと考えて、ひとりで鬱ってんじゃないよ」
 相変わらずだね、と呆れたように寄越された台詞には、苦笑しか返せない。
「鬱陶しい?」
「当り前だろ」
 結局、皺寄せはこっちに来るんだからとのルックの言は、的を得てるけど。
「それでも、見ててくれるんだよね」
「……ッ、仕方なくだよ」
 もう、仕事に戻るからね―――そう言って、転移の術を発動しかける様に 「ルック!」 慌てて名を呼べば。
 転移の間際、耳を掠めた…それ。



 少なくとも、この戦争が終わるまでは。
 ちゃんと、帰って来るから―――。


「……待ってなよ」

 他の誰でもなく、あんたが居る場所に帰って来るから。



 その言葉と、その意味に、自然綻ぶ顔を抑える術さえ知らず。
 くつくつと零れる笑みに震える身体を、ただただ優しいばかりの風が撫でて行った。



2004.03.09



 よくよく考えたら、我が家のルックは「待って」なんて言わない(苦笑)。言うのは、坊さま。ルックが言えない分、坊さまが言うんだよね。



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