[ 15. 生ずる ]




 視界にふっと入り込んだそれに、酷い違和感が生じる。

「……茶器」

 己のものではない。彼の英雄が、当然といった態で置いて行ったそれ。
 其処も此処も、少なくともこの室内だけは、僕の領域の筈なのに。
 何故、あんなものが入り込んでいるのか。

 そっと手に取って、じっと見つめる。
 排除しないと……。
 だって、此処は僕の領域なんだから。違うモノを入り込ませる訳にはいかない。
 それは、侵食されるようで酷く神経に障るから。

 だけれど。
 彼の英雄がある筈の茶器がないのを見て、どう思うだろう。
 そう考えると、躊躇した。
 暫しの逡巡の後、結局どうする事も出来ずにそれを手に佇んだままでいると。

 ―――トントン

 微かに扉が叩かれ、逸れた意識と共に手から茶器が―――冷たい床に落下する。
 陶器の割れる渇いた音が、嫌に大きく耳に響いた。
 ゆるゆると見下ろすと、砕けた破片。
 それが元は茶器だった事を窺わせるのは、数個に分かたれた残骸のみ。
 そっとしゃがみ込んで、大き目の欠片を拾い上げる、と。

「…ッ、」

 咄嗟に痛みを感じ、割れた茶器から手を引く。
 その白い指先から一筋の線を描いて零れてゆくのは、紅い血。

「………痛」

 要らないモノを排除出来たのだから。
 感じる違和感をも排除出来た筈だと、そう思ったのに。

「……ルック?」

 遠慮がちに開かれた扉から覗き込んで来たのが、茶器を持ち込んだ彼のものである事に気付く。
 見上げた棚にない、それと。
 彼の黒曜の瞳に映る自分を見る、瞬間。
 この胸に生ずるのは………何?



2004.03.11



 他に侵食されるのを嫌うでしょうね、ルックは。そうと気付かない間に少しずつ入り込ませてしまっている自分に、自分で抑制が出来ない。排除したいのに、出来ない。そんな、酷く微妙な感覚。



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