[ 17. なまえ ]




「僕は、サクラ。サクラ・マクドール、宜しくね」
 柔らかな笑みで名乗られ、そうする義理なんて全くないのに。
「……ルック、だよ」
 己が名を、告げた。





 なまえが標すのは、固体の認識ばかりではなく、その存在が然りと在るという事。
「名がなければ、前には進めない」
 己の自我を作るにも等しい役割を担うのだ、なまえは。
「なければなくても、進めるのかも知れない。けど、自分の在り方の起原でもある場所だから」
だから、全てのものにそれに等しい名がある。
 己の源を知らなければ、進むのにも躊躇してしまうのが当然だ。
 故に人は、それを求める。

 それは、きっと見誤らないように。





「面倒なんだけど…」
 そう、ウンザリしたようにぼやくと、目の前の軍主は 「何が?」 と心底不思議そうに訊ねてきた。
「新しい魔法兵とかとの顔合わせ」
 実際、そんなの必要ないんじゃないかと思う。兵ひとりひとりの顔を覚えてたって、覚えてなくったって、兵団を指揮するには何の問題もないんだから。
「そう?」
「今までの顔合わせにしたって、兵達は人の顔見てぼ〜ってしてるばかりじゃないか」
 一応、兵ひとりひとりの得意な紋章やら魔力の程を診るっていうから、面倒だと思いつつも毎度仕方なく付き合ってやってるのに。
「僕はどっちでもいいけど…」
「はぁ?」
 実際、ルック人前に晒すのイヤだし…と言う軍主に、思い切り呆れる。
「必要だからやってたんじゃないのか!」
「っていうか、ルックがその方がいいのかなぁって?」
「…………なら、必要ないよ」
 僕が彼らから集うのは、魔力だけだ。それを、己の属性魔法へと転換して放つのだから。
「だけど、それだと五月蝿いかな」
 そう言って、くすりと笑う。今までの無駄にした時間を読書に費やしてれば、一体何冊の書物が読破出来ただろうかとそれこそ無駄な換算をしながら、その軍主を睨み付けた。
「何さ、それ」
「うん、魔法兵団の連中が?」
「………別に、どうでもいいよ」
 うんざりする。
「皆、ルックに名前なり顔なり覚えて欲しいと思ってるんだよ」
「あんたのそう言う台詞って、建前だよね」
 そう言ってやれば、悪びれた風もなく笑みを深くした。
「勿論、軍主仕様」
「………」 こいつが酷く己に執着してるのは知っている。何故か……は、知らないし、知りたくもないけど。
「ルックの名を知るのも、ルックが見るのも、それからルックが名前呼ぶのも僕だけでいいってそう思ってるよ」
「あんた、最悪」
「うん。だけど、ルック名前教えてくれたから?」
 他の誰が聞いても、名前はおろか口さえ聞かないだろうに、と。そう酷く満足そうに、微笑う。
「………………あの時あんたは、僕が名乗るまで離してくれなかっただろ」
 妥協に妥協を重ねた結果だよ。
 不本意極まりない様を隠しもせずにそう言ってやったのに。
「うん、でも……ルックが僕の名前を呼んでくれれば、僕は見失わないで進める気がする」
 名を呼ぶというのは、認めているという証だから―――と、向けられるのはやっぱり穏やかな笑み。
「………それって、嫌味?」
 彼の名を知って、だけれどその名を呼んだ事なんて実の所まるっきり、ない。
 今までその必要性がなかったからだ、といってこいつが納得するのかどうかは、甚だ疑問だけど…。
 その代わり、僕の名前は……それこそ毎日毎日飽く事なく、数え切れないくらい呼ばれてる。
「って訳じゃないけど……」
 そう言うくせに、言葉どおりの表情じゃない。
 あぁ、もう。
 こいつに甘えさせてやる義理なんて、これっぽっちもないのに。
 思い通りになるなんて、冗談じゃないのに。
 それでも―――。

「……ちゃんと、その時になったら呼んでやるよ」

 頼まれもしないのにそれを告げてやるほどに、こいつには勝てない。
 驚いた顔つきが、次第に解けて緩む。
「うん、有難う」
 そんな事が、いろんな意味でなければいい―――と、そう思うけど。



 なまえが指し示すのは、其れが進む道に等しい。
 だから、不安だと言うんなら、何度でも呼んでやる。
 望む道を見誤らないように。
 迷いを掻き消す事の出来るように。

「   」

 ―――って。



2004.04.04



 もう、何が何やら???って感じ(爆)。



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