[ 19. 指切り ]




 ゆびきりげんまん うそついたら はりせんぼん の〜ます

 それは、穏やかな昼下がり。
 図書館の開けっ放した窓から聞こえて来るそれに、目を通していた書物から意識が削がれたのを感じた。
「………」
 換気用に作られている小さな窓。脚立の天辺に腰掛けたままに、その窓から外を見下ろせば。図書館脇の木陰で小さな子供がふたり、互いの小指を絡ませて 「これで約束成立だからな」 とくすくすと笑いあっていた。

「……指切り」
 過去にたった一度だけ、交わした事があった。
 しかし、あれは…交わしたというよりは、無理やり交わされたと評した方が適してるけど―――と、過去の指切りを思い出して自然眉根が寄る。
 相手は言わずと知れた、某国の英雄。尤も、彼以外にルックにそんな不本意極まりない事をさせられる輩が存在する訳もない。
 あの時、あの男は「考えといて」とだけ言った。
 嫌がるルックの手を引き、不意打ちのように小指を絡め、どこか楽しげに今度会う時に答えをくれ、と。そんな事考えても無駄だと、何度返したのにも関わらず、「約束だからね」と平然と言ってのけた。
 そして、ふっと思い至る。
 そう言えば、再会した時に答えを尋ねられ、その時は結局はぐらかしたのだけれど。あまり深く問い詰められはしなかった。
 それは、逆にルックに戸惑いを与えた。
 思えば、ルックの全てを欲しがっていたのだ、サクラ・マクドールという男は。その男が、ある意味そういう自分が楽しめる状況をそのままにしておく訳ないと、そう思っていた。
 ―――刹那。
「ルック?」
 足許で名を呼ばれ、身構えがなかった分驚きに身が竦む。そのままの勢いで視線を向けた先には、ルック同様驚いた表情のサクラが居た。
「―――ッ、に?」
 ドキドキと跳ねる鼓動を抑え、顔付きだけはいつものように装って訊ねた。
「何…って、お茶の時間だから誘いに来たんだけど」
 どうかしたの?と問われ、
「何が…」 と、逆に返した。
「だって、僕の気配にも気付かなかったし、凄く驚いてた」
「………別に、」
 逸らした視線と共に素っ気無くやり過ごそうと思ったところで、ふっと先ほどの疑問が過った。
 そのまま、一旦逸らした視線を再びサクラに据える。
 いつにない言動の所為か、サクラは不思議そうにルックを見上げたまま。その男に、真っ直ぐに疑問をぶつける。
「ねぇ、何で?」
「えっ?」
「何で……」
 言い掛けて、今更ながらに躊躇してしまう。そうするのは、はっきりいって墓穴以外の何ものでもない。それでも……気になって仕方ないのだから、墓穴だとは知りつつも掘るしかない。
「………3年前に、あんたが一方的に交わしてきた約束の答え、聞かないの?」
 問うと、一瞬呆気に取られたように目を瞠ったサクラは。次の瞬間には、ゆるりとその面に笑みを浮かべた。
「聞いて欲しかった?」
「違ッ、そうじゃなくて…!」
 これ以上頭に乗らせて堪るものかと声を荒げれば、 「解ってるよ」 との台詞とくつりと零される笑みが癪に障る。
「それはね、僕の為」
「はっ?」
「だって、そうしとけば約束は続いていくよね。ルックの事だから、忘れるなんて絶対無いだろうし?」
 平然と、のたまう。
「………それで、あんな答えの出し様のない問いをした訳?」
 否、出し様は……ある。
 ただ僕が、それを言えないだけで。
「あの時は、そんな事まで考えてやしなかったけどね」
 そんな他愛もない約束事で縛り付けていたかったんだよ、との返答にはくすくすと止まらない笑みが付随してて。
 僕はといえば、最早溜息すら零れてこなかった。





 それでも………その答えを告げてやる気なんて、ないけどね。



2004.05.11



 ルック、甘い! 絶対、坊さま頭に乗っちゃうだろ?!



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