[ 20. また、ね ]




 考えといて欲しいと、告げてくるのは真摯な黒曜。
 何を…と問う瞳は、深い翡翠の色を煌かせ。

「僕をどう思っているのか、」
 そう、微笑みながら訊ねてくる彼に、二、三度瞬いて。そして、呆れ果てたままに仏頂面を向けてやった。

 それは、3年前の。
 埒もない一方的な―――約束事。



 もし仮に、離れたくないと思っていても。
 自分が自分で在る限り、在り続けようとする限り、その思いが叶えられることは…決してない。
 それは全てを捨て去るというに等しい事だから。
 だから、他愛もない約束事に縋りつこうとでもしているかのような、答えを先送りにする己に嫌悪を覚えずにはいられない。
 ……自分は、これほどに強欲だっただろうか。
 何かを求めるという欲深さも。
 何かを失うかもしれないという恐怖も……その全てを僕に覚えさせたのは、誰あろう今現在目の前に静かに佇む男。
 そんな感情を知らなければ、僕は僕の醜さを余計に感じなくて済んだ筈…なのに。
 だからと言って、己の存在理由を捨て去る事なんて、無理だ。
 人在らざる身故に……そうする事は、僕には恐怖しか生まない。

 それでも……。
 その感情を、捨てたくないと。
 そう思うのは、心の内に傷を増やす事でしかないのに。



「もう………行く、の?」
 表情を凍らせたかのような…そんな顔を向けられ。
「あぁ、あいつが星の加護を解かれたからね」 石版から消え行く名のひとつひとつが、それを告げてくる。
 任の解かれた、星々。
 己は、そのひとつでしかない。
「そう、だね」 零される笑みが、ただ痛い。
 返す言葉は、別れを告げるものでしかない。
 それは、当然なのに。いつものように口に出す事が躊躇われる。

「又、逢えるよ」

 なのに、きっぱりと断言されて。黒曜石の瞳をじっと覗きこむ。
「……何で」
 そう言い切れるのか。

 次にいつ星が降りるのか…なんて。
 どこに降りるのかなんて、誰にも解らない。


 逢えるのか、どうかさえ………解らない、のに。


「だって、約束したから?」

 まだ、答え貰ってないよね―――と、穏やかな笑みで告げられる。


「ねぇ、ルック。もう一度、指切りしよう」
「………ッ、」
「前の約束は続いてるけど。今度は、約束忘れないでね…って」
 負担になるのを厭うているのか、彼は逢おうねとは、言わない。
 こんな時ばかり気遣ってくるその様は、悔しくて。だけれど、ちゃんと想ってくれているのだと…知れる。

 人前では絶対に外されない手袋が、外される。
 そして、差し出された小指の先。
「指切り、しよう」
 どこか痛々しげに、だけれど優しい笑みと共に向けられるそれに。


 言葉にしない『逢う』というそれを前提に、約束するんだ―――と。


 おずおずと差し出した指先に触れるのは、ただ逢いたいという互いの想い。

「忘れないでね」
「………気が向いたら、ね」

 それが、僕に出来得る精一杯の応え。
 彼は違わずに、受け取ってくれる。



「―――また、ね」


 それは………再び逢う為の、約束。



2003.05.18



 19の『指切り』の続き。3を示唆する表現はあるけど、設定だけ。我が家のルックは幻水3への道は歩みません。
 つーか、これにて任務完了!←笑



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