シアワセの定義




 なぁ、お前……今、幸せ?


 行き成り何の脈絡もなく問われて、ルックは紅茶を運ぶ手を止めた。
「……は?」
 柔らかな湯気を立てるカップは、口許に運ばれることなくそのままテーブルに戻された。
「何、突然……」
「う〜ん、傍目から見てると? 幸せだろうな、って思うんだけど。ルックの口から直接そう聞いたことないから」
 穏やかに細められる琥珀の瞳に映る自分を見て、ルックは小さく頭を傾げた。
「………幸せ、そう?」
「だって、無理してないだろ」
 シーナの言に、ルックは小さく口許だけに笑みを刷いた。
「あいつの前じゃ、意味ないし……」
「お前達って、似てるからなぁ」
 その台詞は聞き捨てならないとばかりに、 「どこが!」 といきり立って目の前の相手を睨み付けた。
「んー、自分の気持ちには鈍感なのに? お互いの気持ちはしっかり把握出来てるとこ、とか?」
「…………鈍感って、何」
 否定は出来なかったようで、それでも小さく憎まれ口を叩く。
 以前のルックは、纏う空気に痛いほどの緊張感を始終漲らせていた。今でも、微かに感じられはするが、それでもそれまでのものとは明らかに違っている。
 そうさせるに至ったのは誰なのか…と聞かずとも知れている。



「あっ、ルック居た」
 突如響き渡ったその声に、ルックはあからさまなまでに機嫌を下降させた。
 レストランのテラスの一角。暖かい日差しが、さんさんと降り注ぐ穏やかなそんな場所に、いきなり自分の名を呼ぶ大声が響き渡れば、ルックでなくとも渋面を作ろうというものだ。
「こんなとこいたのか」
「……何、か用」
 テラスに続く硝子張りの扉を開きながら姿を見せた現・前天魁星ふたりに、面倒臭そうな様を隠しもせずに問う。
 このふたりにこんな不躾な表情と口調を向けられるのは、ルック以外にいないだろうとシーナはテーブルに肘をつく。そうは見えなくても、シーナもそれなりに気を使ってはいる。他人からは、そうは全く見えなくても、だ。
 アカザはルックの問いに答えるようとはせず、ぼーっと3人のやり取りを見ていたシーナを、その紅玉を細めて見やった。
「お前等、…………よくふたりでつるんでるよな」
 アカザのどこか棘を含んだ台詞に、ルックはすっと目を眇めた。
「何さ、それ」
 怒りよりは呆れに近い声音。 「何、他の男と一緒の方がいいの」
 その台詞にアカザの眉根が剣呑に寄せられたのを見、オギはぽりぽりと頭を掻く。
「あぁ、もういいじゃんか、そんな事」
 癖のない柔らかな髪質な所為か、それはその後さえ残さない。
 今更だろ、と言うオギの台詞は尤もだ。ルックとアカザが、所謂恋仲になる以前は、ともすれば食事さえまともに摂らないルックの世話の殆どをシーナが担っていたのだから。
「シーナにまで妬いてんなよ」
「…………」
「そんな事は兎も角さぁ。ルックが相手してきた中で一番上手かったのって、誰?」
 その、場所やら時間帯やらを少しも顧みないいきなりな質問に、シーナは口に含んだばかりのお茶を思わず吹き出しそうになった。
「……一体、何?」
 だけれど、問われた本人は呆れた風ではあったが、流石にその一筋縄ではいかない本性を垣間見せる。
「だってアカザがさぁ、 『聞くまでもねぇ、俺しかいねーだろ』 とかぬかすから?」
「…………くだらない」
 そんな事、比べることに意味があるのか。
 そもそも、と。
「10人居れば、10通りのやり方があるんだよ。違うものを比べるなんて無意味じゃないか」
「理論的にはそうだけど。でも、それを感覚的な尺度で測った場合」
「………何でそんな面倒な事」
「いいから」
 オギの有無を言わせぬ勢いに、ルックは渋々といった態で椅子に深く背を預けて腕を組んだ。
 暫し口許に手をやり、やがてぽつりと呟く。
「………アカザ、だと…思う」 色んな意味で―――と、何度目かの溜息と共に零す。
「贔屓目じゃなくて、か?」
 どこか不貞腐れたようなオギに、ルックは 「そんな事、贔屓してどうすんのさ」 と、冷たい。
「それだけの場数をこなしているんだって、本人が吹聴して回るくらいには達者だと思うよ。豪語するだけあって、流石にね」
 だろうな…と、瞬時肩を落としたオギは、次に言葉を選ぶように再び問い掛けた。
「う〜〜〜、じゃ…じゃあ、一番印象に残ってるのは?」
 呆れ返った態を最早隠そうともせずに、ルックは溜息を零しながらも律儀に答える。
「あんたとのも、印象深いといえば深いけどね」
 余裕綽々で誘ってきながら、オギは未経験者だった。あの時ほど、ルックは相手の誘いに乗った自分を後悔した事はない。
 いわば、オギの寝台上での手ほどきはルックが全て行ったもの…と言っていい。
「俺は?」
「………その余裕然としたとこが気に入らないけど、手際良過ぎて訳解らないうちに脱がされたのってあんたしか浮かばない」
 その答えに、実に得意満面そうな笑顔を浮かべたアカザに、ルックは至極不本意そうな表情を隠しもしない。
「後……………は、初めての時…かな」
 翡翠を細め、その視線をいずこかヘ馳せながら呟いた台詞に、周りの3人は暫し硬直した。
「初めてって、お前……強姦じゃなかったのか」
「アカザ!」
 流石にあまりなアカザの台詞に、自分勝手なのに掛けてはアカザといい勝負のオギでさえ声を荒げる。
 相も変わらず、慇懃無礼な男だとルックは目いっぱい溜息を吐いてみせた。
「御生憎だけど、初めては………違うよ」
 ちゃんと自分で選んだ、というルックの返答に、刹那アカザの紅玉が剣呑さを乗せた。
「…………………誰だ、相手」
 敵将さえ逃げ出してしまうのではないかと思えるほどに、アカザの声音は凍り付き。
「……あんたに関係ないだろ」
 それに返すルックの言葉は、それとは対照的に淡々としたものだ。
 それ以前に、 「そもそも、今更そんな事知って、どうしようっていうのさ」 とのルックの疑問は、酷く正しい。
 が、――当人にはその自覚一切なしだが――恋に目が眩んだ男には、そんな常識は関係ない、らしい。
「あーん? 人様のモノに手を出した報いをその身に叩き込んでやろう」
「…………あの時分、あんたのモノであった記憶なんて、微塵もないけど?」
 今でさえ、皆無なんだから―――と、冷たく嘲るようなルックの台詞にもアカザは全く動じない。
「で、誰だって?」
「…………あんただって好き勝手やってるくせに、どうして僕が、」
「俺は、ここ最近テメーと以外してねーぞ」
 きっぱり言い返されて、それ以上の言をルックは繋げなかった。アカザは、言わない事はあっても、誤魔化しや嘘は言わない。ルックは、それを知っている。
「……何だってそんな事、知りたいのさ」
「んーなの、知りてーだけだよ」
 ルック自身が選んだというのなら、それを知りたいと思うだろう、と。うんざりとしたルックの声音に気付かない訳でもあるまいに、アカザは当然のようにのたまった。
「知りたきゃ、勝手に調べたら」
 相手が誰かなんて、言わないよ。
「強いて言えば、あんたも知ってるヤツだけどね」
 そう言って楽しそうにくすりと微笑うルックは、至極綺麗だけれど……それ以上に挑発的な雰囲気を露にし。
「よっしゃ、俺様の情報網を駆使してでも探し出してやろう」
 確定出来たら、簀巻きの上紋章の餌食だな、と。恐らく本気8割のアカザの笑えない台詞に、周囲の者はそれ以上、突っ込めなくなった。



 何やらやたらと張り切った態のアカザは、興味半分のオギと共に 「取り敢えず、お抱え探偵」 の元へ行くとレストランを後にした。
「騒々しい奴等」
 すっかり冷め切ったお茶を前に、今更それを手にする気もないようで椅子の背に凭れる。
「………ルック、頼むから挑発すんなよ」
 色を無くしたシーナの顔は、心なしか青褪め強張っていた。
「あの男が、図に乗らなきゃーね」
「…………ルック」
「もし仮にそんな事になったとしても、心配しなくていいよ」
 シーナを見つめる翡翠が、自信に満ちて煌く。
「そん時は、僕があんたを守ってやるから」
 そうきっぱり言って、ルックはごく自然に微笑った。あまりに綺麗なその笑みに、シーナは言葉を失す。
 これが…この笑みこそが、アカザの存在によって導き出されたものだと思う。自分では、どんなに一緒に居ようともルックにこんな笑顔をさせられなかっただろうと、素直に彼らの関係に祝福を願った。
「くれぐれも……頼んだからな」
 まだ暫くは死ぬ予定ないし―――と零すシーナに、 「僕を誰だと思ってるのさ」 と挑戦的な瞳が煌いた。








...... END


 そうだよ、アカザ坊ルクってこのノリなんだよ! これとか、”愚者の恋”とかのノリが、アカザ坊ルクに求めた雰囲気なんだよー。
 つーか……どうやら、ルックの初体験の相手は…らしい(爆)。
 いや、まぁ……ね!
 おまけに、下ネタにもあまり動じないらしい(爆笑)。
 それよか問題は! ルックはいざとなったら坊さまよりシーナを選ぶってことか?

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