至幸の邂逅 邂逅というのは、案外に大切なものである。 という事を学習したのは、赤月帝国近衛兵に籍を置いて初任務の時。 ひゅっと息を呑む微かな音が、聴覚を刺激した。 咄嗟に振り返った先には、いつになく強張った顔のテッドの姿があり。 訝しんで声を掛けようとした途端、 「……すっげー美人」 一気に気力が萎える類の台詞を、本人の目の前にも関わらず零した。 僅か冷えた風に、恐る恐る吹付ける方を窺えば、剣呑に眇められた翡翠。それに、確かに美人…な少年の怒りの深さが窺い知れ。 お陰で、出会い頭にもかかわらずクレイドールなる召還獣を吹っ掛けられたという次第だ。 どちらが悪いとか悪くないとかの判断は無意味なれど、互いの印象はいい筈がない。 再びの邂逅は、解放軍の軍主となってから。 こちらの顔を見、露骨に嫌そうな表情をされ、それでなくても悪かった印象が最悪になった。 が、正直、使える人材の少ないのも解放軍の実情で、使える者は使いまくった。そのリストの中に、件の少年の名が常にあったのは当然といえよう。 そんな折も折だった。 石板守の少年は、軍主と恋仲―――実しやかに砦内で囁かれる噂が、アカザの耳に入ったのは。 「事後承諾になって悪いけど」 と、胸を張って言いのけたのは、噂の出所であるレパントの一粒種だった。 「かなーり、無理があるんじゃねぇか?」 実を伴ってないばかりか、相手との仲の悪さ加減が問題だろうと言うアカザに、シーナは 「名前だけ貸してくれりゃいいから」 とほざく。 まぁ、あいつの周囲のごたごたを知らない訳じゃない。あの容姿の所為でいらん厄介事を巻き起こしてくれてるのは、何度か報告にも上がってきていた。 こいつが何を目論んで俺の名前出したのかって、そのくらい俺にだって解ってる。 「んーな信憑性の欠片もない噂で、抑えられんのかよ」 「……ねぇよ」 憮然としてシーナは言う。 「だけど放っちゃおけねぇだろ。お前、あいついくつか知ってんのか」 「子供はあいつだけじゃねぇ」 この軍内にだって、あいつより下の子供はいる。 「……お前は気付いてない、訳……ないよな」 何に、だ。と、問い返す前に強い視線で見据えられる。 「ーッ、だからって、あいつが大人しく護られてなんているよーなヤツかよ」 「………あいつは、全然解ってねーと思うんだよな」 軍主という軍内では絶対的存在でさえ、絶対的抑止力とはならないという現状が。 容姿云々ばかりでなく。ルックがルックであるという、そのものの吸引力を。 「あんな強くて儚くて綺麗ぇなもん、壊されるのなんか……俺は見たくねぇ」 実際、あんな不器用だとは思ってなかった。 見誤ったのは自分。 だけれど、見誤らなかったからといってあの少年が自分の庇護下に入る等といった、甘えを甘受しない事は容易く知れて。 「自分の所為だとか、護れたかもなんて傲慢な事思っちゃいないけど、な」 それでも……自分自身の甘さやら、未熟さやらを突き付ける存在だった。 何も言わず、その存在だけで、それらを突き付けられて。 どうして直視することが出来るというのか? 人であればこそ、汚点ともいえる己のそんな弱さに目を背けたがるもんだろう。 「……だから、俺はあいつが嫌いなんだよ」 呟きは、誰も知らない。 三度目の邂逅は、それなりの予感があっての事。 解放戦争時と変わらず石板前を定位置とする姿を目にし、シーナの心配三年前の比どころじゃ済まなさそうだな……と、相変わらずであろう男を思った。 「………どうしてあんたがこんなトコにいるのさ」 第一声がそれか、と眉間に皺だって寄る。憎ったらしいほどの小生意気さだ。別に、こっちしか感じてねぇだろう悔恨とか……まぁ、全くないって訳でもないが。 「生きてたんだ」 だからな、挑発されてさっくりかわせるほどにゃ、まだ大人になれてやしねぇんだって事くらい俺だって解ってんだよ。それを邂逅直後に突き付けてくんじゃねーよ! 「……お前はまだ、あんな得体の知れないばーさんの使いっ走りしてやがったのか」 「それがあんたにどんな関係があるのさ」 関係なんかねえ! 以後も一切持つつもりもねえ!? だがな。 ―――気に入らねぇ。 全ての感情がこっちからの一方通行だけってーのは? きっと、こいつの中には俺自身に対しての感情なんて一切ない。正も負も、だ。毒舌も拒絶も、こいつの基本スタンスに過ぎないって事くらい、知ってる。 そんな相手に、自分だけが何がしかの感情を抱いてるなんて、ムカつく以外の何ものでもねぇ。 だったら、どうするか? 決まってる。 とことん意識せずにはいられない、そんな存在に。 「なってやろーじゃねぇか」 散々っぱらな邂逅で得たのは、究極の暇つぶし。 だがしかし、その暇つぶし対象でしかない筈の獲物に自分がこれ以上もなく囚われるなんぞとは……この時は露ほども考えちゃいなかった。 ...... END
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