愚者の恋




「一体全体どうなってんだ…と思うよ?」
 いきなりそう話を振られ、どこの誰がそれにまともな答えを返せるのだろうか…とシーナは思った。
 人の意見を真に求めるのなら、もっと主語とか述語とか…事の発端とか、何に悩んでるのかとか……。言いかけてシーナはそうする前に諦めた。その注意は3年前にも、この男・アカザ相手に嫌というほどしてやったのだ。
 言うだけ無駄、それも今更だ。
「……何が?」
「いやー、だからさ。昨日、酒場の胸でかい女に誘われたんだけど」
「…………それって、赤毛の?」
「あぁ、そう…だったかな? 胸しか見てなかったからな」
「…………そういう奴だよな、お前って」
 溜息混じりにそう呟いて、 「それで?」 と先を促す。
「んー、でさ、据え膳食う主義な俺としては、勿論食わせていただこうと思ってその女の部屋に行った訳だ」
「…っと待て! お前、ルックは?」
 アカザがルックとそういう……所謂、恋仲になったのはつい先達ての事だ。かなり、というよりは渦中に巻き込まれてドタバタやった記憶がしっかとある。忘れ様にも忘れられない。
 誰とも本気で付き合った事のないアカザと、形だけ気が向けば誰とでも寝る事を厭わないルックがそういう関係になったと知った時は、本人達にとってよかれと思ったのも事実だが。それでも、感じる筈のない喪失感てなものも味あわせてもらった身としては、そう簡単に聞き流せよう筈も、ない。
「うん? そりゃそうだけど。それはそれ、これはこれ―――だろ」
「…………………そ、そういうもんか?!」
 違うだろ! と、思い切り突っ込みたくなったが、それに返される言葉も簡単に想像がついて、突っ込む気にもなれなかった。
「…ルックに悪いとか思わねーのかよ?」
 そう問うと、アカザは心底不思議そうに 「何でだ?」 と聞いてくる。
 …………それは俺の台詞だろ。どうして、悪いとか、後ろめたさを感じずに居られる訳? ある意味、羨ましい性格してるアカザの端正な顔を下から覗き込むようにして仰ぎ見た。
 何か……やっぱり、その辺の感覚からして違ってるよな。
「束縛するのもされるのも嫌だろ」
 それが、ついこの間俺にまで嫉妬しまくってた男の台詞かよ。心底呆れてやる。
「お前はそうかも知れないけどな」
 ルックまでそうだとは限らないじゃないか。
「ルックには他のヤツと寝るのは止められないかも知れないって、ちゃんと言ってある」
「…………………ったら、ルック何て?」
「構わないってさ。自分だって誘われたら解んないからって言ってた」
 まぁ、あいつン場合はある意味、特殊だからなぁと暢気にほざくのに、本気でどつきたくなった。
 否、あいつに限ってそれはないから!
 つーか…………いいのか、それでっ?!
 普通、好きだったら独占したいとか! 他の奴に触れて欲しくないとか! そう思うもんだろ?
 ……それとも、こいつらを常識の枠にはめようとする俺の方が間違ってるのか。

 思いっきり焦燥し切ってる人の事なんて目もくれず、アカザはその時の状況を再現する事に勤しみだした。俺、溜息吐いていいよな。
「こう、脱がしてるだろー?」
 ……だから、その意味深な手付きやめろって。
「でさ、胸とか触るじゃん?」
 だから、やめろ……って。どうして、こんなにあからさまな奴なんだか。
「でも何か、やる気起きないんだよなぁ…」
 手をわしわししながら眉根を寄せて呟くアカザに、シーナは深い溜息を零す。
「……でも、食わなかった訳じゃないんだろ?」
「うーん、食うつもり満々だったんだけど。結局勃たなかった」
「――――――はぁっ?」
 それは……男としては、かなり問題な発言だ。
「今までそんな事なかったんだ。どんな不細工な女相手でも、灯り消せば支障ない訳だろ。昨日のはそんな不細工でもなかったのに、女の喘いでる声聞いても奉仕してもらっても、萎えるばっかでさー、結局面倒くさくなってやめた」
「…………お前な〜」
 トコトン、自己的な奴だな。
「……やり過ぎなんじゃないのか?」
 3年前逢った時から、こいつは誘われれば誰とでも寝る男だった。このなまじ良過ぎる容姿と肩書きに惹かれて、寄ってくる女は少なくなかったし。外面だけはやたらよかったから、出奔してからも引く手あまただったろう事は、想像に難くない。
「2週間前ルックとやってからヤってねぇ」
「……2週間、も?」
 こいつの事だから、両思いになった祝い(?)に毎日やってるのかと思ったけど。
「ルックが、次の日立てないから頻繁には駄目だって言いやがるから」
「…………」
 そう言えば、丸2日ルック石板前に居なかったよな……その所為で。っていうか……。
「体力ねーんだから、手加減してやれよ」
「こんままだったら、どーすっかなー」
「ルックに嫌われるんじゃねーの?」
 言ってやると、うっと言葉に詰まった。……珍しいな。
「その、2週間前はどうだったんだ?」
「あん時は部屋しけ込んで、明け方までやった」
「………無理させんなよ」
 殆ど半日じゃんか……体力ないルックが立てない訳だな。
 だから……そこで、胸張るな。ガキじゃねーんだから。





「男じゃないと駄目だ…とかになってたらどうしようかと思った」
 歩く道すがらそうホッとしたように胸を撫で下ろすアカザに、それはどうやって確かめたのか…と聞きたくなったが、返ってくる答えが怖くてやめた。
 朝、食堂で食事を終えるや否や、殆ど強制に近い形でアカザの部屋に連行されたのだ。
 そして、寝台に座らせられて。
 じっと見つめられる事―――数分間。
 それだけされてれば、答えは聞かずとも解りきってる。
 もし、その気になられてたら……なんて、怖くて考える気にもなれないが。
「―――で、これからルックならどうだ…って確かめる訳だな」
 結果が気になって、結局そのまま石板前にアカザと一緒に行ってみる事にした。
 あの俺様の上をいく女っ誑しが、不能になってたら楽し…いや、心配だろ。
 ま、所詮他人事だしv
 実際困るのは、こいつひとりじゃんか♪ いや……ルックも困るのか? でも、あいつの場合寝る事と感情が一致してるのかっていうのは、甚だ疑問だ。尤も、一致させてたら壊れてただろうけど。そのくらいには、並々ならない経緯っていうのがあったって事も……他人事じゃなく知ってるし。
「あやや〜?」
 だけど、石板前にはルックともうひとつ人影。
「先客だな」
 どうやら、どこぞの騎士らしき男に誘われている最中らしい。
 アカザはどこか憮然とした表情で、石板前の奴らに視線を向けた。
「……何、不機嫌になってんだよ、」
 浮気は自由なんだろ? からかい混じりに言ってやる。
「俺が出来ないのに、あいつだけ浮気するなんて許せん」
「…………さいでっか」
 らしいといえば、らいしけど…。
 実際、こんな奴と恋仲である相手が哀れだと、思わない訳ではない。だけれど、ルックがそれでいいと言ったから。あいつがそれでいいんだったら、それでいいと…そう思う。
 微かに髪に触れられたらしいルックが、鬱陶しそうにその手を払いのけるのを目にし、アカザはすっとそちらに足を向けた。
「っ、おい?」
 まさか、こんなとこで流血沙汰すんじゃないだろうな。
 懸命にルックを誘っている男の背後にアカザの姿を見たらしいルックは、微妙に眉根を寄せた。
 そうして、己の前で尚も誘う素振りを見せる騎士に、
「……暫く、間に合ってるよ」
 ウンザリした様を隠そうともせずに冷たく言い放った。



「相変わらず手厳しいな〜」
 すごすごと撃沈して退却する騎士の背中は、気の所為でなく寂しそうだ。
 でも、ルックが自分の気が乗らないと誰も相手にしないのは、今に始まった事じゃない。そういう点は、はっきり言ってアカザよりも潔い性格をしてる。要らないと思ったものは、きっぱり切り捨てる―――そう在れと、俺が教えた。
「今更だろ」
 そうでなければ、こいつは自我を保てなかったのだ。
「それで……」
 ルックは綺麗な柳眉を片方だけ器用に上げ、溜息をひとつ落とす。そういう様は、やっぱり絵になってて、本人達にはいい傾向だとは解っていても…誰かひとりのものになるのは、勿体無いよな〜と思う。
「何であんたはそこで不機嫌な顔してんのさ」
 ルックが腕を組んだまま、彼の隣りでこれ以上もなく不機嫌さを露にした恋人に、呆れたような視線を投げる。
 ………恋仲になっても、全然態度変わらないっていうのも………ある意味凄い。尤も、目の前でいちゃいちゃされてもアレだけど…。
「あんな奴に触らしてんじゃねーよ」
 アカザはルックを見下ろしながら、威圧感いっぱいにのたまう。
「…………何、」
「解んねーけど、何かむかつくんだよ」
 そういう感情が、独占欲とか嫉妬とかいう類のものだという事を、この頭の良い男が何故知らないのか。今まで、そんな感情を持った事がなかったからだろうと推察は容易いが…。
 する方は兎も角、される方は(特にこの男からのものだと)いい迷惑だと、シーナは今更の如くルックに同情した。
「……見なきゃいいだろ」
 今までは、それをネタに揶揄する事はあっても、気にも止めなかった癖に。
 そう返しながら、不機嫌を隠そうともせずに目を眇めるルックに、アカザはにやりと笑みを浮かべている。
「…何さ」
「やっぱり、浮気すんな」
「……はっ?」
 ルックの綺麗に弧を描いた眉根が、訝しげに寄る。
「何さ、突然」
「俺しない事にしたから」
 しないっていうより、出来ないんだろ―――とは、シーナは突っ込まない。
「…………相変わらず、自分勝手な男だね」
「そういうとこにも惚れたんだろ?」
 自信たっぷりに言い切るアカザに、だけれどルックは不機嫌さを増しただけで毒舌で返したりはしなかった。
 ………反論は、なしなのか。
 もう、こいつらはこれでいいのだ。
 それが世の為、人の為、強いては同盟軍の為。
 そして、己の平穏な日々を取り戻す為なのだから。

 何は兎も角、明日の朝の石版前に守人が佇んでいるのかどうか―――が、今の最大の関心事、だなv








...... END
2004.04.13 改訂

 何故かシーナ視点。第三者の視点から見たふたりを書きたかったんで?
 こちらでは、シーナは巻き込まれ体質なんです(爆笑)。

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