クレヨン 



 大きく嵩張る紙の束を抱えなおして、いざレジに向かおうとしてふっとソレが眼に入った。
「悠木、何やってんだー」
 足を止めてしまった俺に気付いた二人きりの買出し組の相棒笠原が、振り返って問うてくる。
「いや、何でもない」
 崩れ落ちそうになる紙束を再び抱えなおす。
「…クレヨン?」
 さっさと踵を返そうとしていたのに、笠原はわざわざ数歩の距離を戻ってきたらしい。
「……懐かしいな、って思っただけだ」
 何を見ていたか見破られ、ちょっと気恥ずかしくなる。
「あぁ、そうだな。あの表絵俺達が使ってた頃から変わってないよな。でも、俺あの具材って嫌いだったけど」
「……何で?」
 笠原の抱えていた俺より多くの紙束が、ずり落ちそうになるのを肘で直してやる。サンキューと言ってくるけど、こんなとこで落とされる方が紙が汚れるし面倒だ。
「だってさー、すぐ折れちゃうじゃんか」
 無言でレジに促すと、方向を転換しながら呟く。
 自分の思考と相容れない台詞に、何の事だと視線で問えば。
「だから、くれよん?」
 今更ながらの話題に返っていたらしい。
「力の入れ方を知らないような幼児期に、あんな具材で絵を描かせようなんて大人の気が知れない」
「……大袈裟だな」
「だって、折角綺麗に並んでんだぜ、買ったばっかのクレヨン。子供心にも大事に使おうって思ってんのに、ぽっきりいかれちゃショックだろ?」
「お前にもそんな繊細な子供時代があったのか」
「―――もしもーし?」
 レジに紙束を降ろして、ほっと一息吐きながら件のクレヨンのあった棚を再び見やった。
 そう言えば、俺もそうだったっけ……。
 買ってもらったクレヨンは、整然と綺麗に並んでて。
 大事に使おう、折らないようにしよう…って思ってた。
「悠木、金払ってってー」
「解ってるよ」
 ポケットから財布を出しながら、苦笑が漏れる。
 大人の気が知れない―――か。笠原にしては、的を得てる台詞だな。
「さぁ、さくさく帰って予餞会の準備に掛かりましょうか」
 括ってもらってさっきよりは持ちやすい紙束を勢いよく抱えた。
「だけど、それが解るようになった分、お前もちょっとは大人になったって事だよな」
 クレヨンを使えるようになった頃には、使う年齢じゃないって。
「何だ、それ???」
 話の脈絡が全く見えないらしい笠原が、頭の中を疑問符でいっぱいにしてる様を横目に、
「さ、帰るぞ」 出口へ誘うエスカレーターに向かった。




<END>


 過去、100題に挑戦仕掛けて頓挫したブツ。
 ”くれよん”って、そのもの自体がほのぼのしてますよねぇ。