◇◇◇ 柔らかい殻 ◇ そこから、突き破って出て来い―――ずっと、そう囁かれ続けてた気がした。 だけど、そこは凄く居心地良くて。 温かくてふわふわしてて、出てく気になんてなれなかった。 「出て来ないと、アイツもらっちゃうからな」 そう囁かれ、アイツって単語に我知らず身体がピクリと反応する。 ………アイツって、何だっけ。 それすらも解らないのに。 「深山が声掛けたら一発だと思うんだけど」 ………ミ、ヤマ? 「……っ、出来ないよ」 身体の奥まで響いてくるようなその声音が、心地いい。 「朝倉は怒ってなんかないって」 「………知ってるよ。こいつは人を庇って車に轢かれるような馬鹿な奴だし! 怒ってないのなんて知ってる。だけど…!」 そう言って一端、言葉が切れる。くぐもったような声音が、どこか震えてると思うのは気の所為? ……ミヤマのこんな声、聞きたくないのに。 「……こいつもう、走れないじゃないかっ」 ………走れない? 誰が? 俺、が? 「深山、こんなとこで」 「じゃあ、誰がこいつに言ってやるんだよ! もう、お前は走れないんだって。もう、選手生命終わったんだって。それって、俺の役目だろ? こいつは俺を庇ったんだから……庇って片足なくしたんだから」 ………なくした? 足を。だから―――。 「……はし、れないのか」 「朝倉!」 「眼、覚めたのか…」 眼を開くと、そこはカーテンも壁も天井も真っ白の室内。 俺の顔を凝視してるのは、同じ陸上部の佐藤と―――。 「深山……」 深山の綺麗に整った顔を見て、そして唐突に思い出す。 ………距離を置こうって、言われたんだっけ。 そして、しつこく理由を尋ねる俺を振り切ろうとして……あの事故にあった。 「先生、呼んでくるから!」 言い置いて、佐藤は病室を駆け出して行った。 直に呼びに行かなくても、ナースコールっていうのがあるって知らないのか…。それとも、気を利かせたのか。 静かな白い病室で、深山の瞳を直視したまま 「もう、俺走れないんだな」 そう掠れた声で呟くと、深山は綺麗な面を歪めて唇を噛んだ。 「深、山…泣くなよ」 「っさ倉!」 「走れなくても、足無くなっても、それ以上にお前が泣いてるのが痛いよ」 そう言ったら、きつい眼差しで睨み付けられた。 「ずっと、馬鹿は嫌いだって言ってきたよな! どうして庇ったんだよっ、どうして、どうしてっ!」 ………だって。 「そしたら、深山俺から離れられなくなるから」 「―――っ!」 「足でも腕でも、何なくしてもよかった。深山さえ側に居てくれたら」 ………それでよかった。 「そんな事っ!」 真っ直ぐな瞳が、怒りを孕んで俺を見据える。 あぁ、俺の大好きな顔だ。 「ーんな事しなくてもッ! 側にならずっと居てやったんだ。ただ、お前が……あまりに俺に現をぬかしてて、部活ですらサボるようになってたから」 言葉尻が小さく掠れてゆく。本当は笑顔が一番好きなんだけど、勝気な瞳が涙で潤んでるのはその次くらいに好きだと告げたら……余計怒られるかな。 「だから、頭冷やさせようとして距離置こう…って言ったに過ぎなかったんだよ!」 ………あぁ、何だ。 「そうだったんだ」 「どうすんだよ、これから……。お前、他に取り得ないのに。推薦も取り消されちゃうんだぞ」 ………そんな事。 「どうせ、行きたい学校じゃなかったし……いいよ」 ………だって、あの学校に行ったら、深山は側には居なかった。 「そんな…っ」 「いいんだよ、だって深山が居てくれるから」 ………それだけで、いい。なくしたモノで縛り付けられるなら…それでもいい。 「…馬鹿、」 どこか途方に暮れた顔が、それでも綺麗で…。 「うん、馬鹿だから。側に居て」 ………ずっと。 「仕方ないだろ、お前馬鹿だから…ずっと居てやるよ」 涙声で囁かれた台詞に、漸く安堵する。 ………あぁ、俺は又やわらかい殻に包まれる。 眼を覚ませば、居なくなると思ってしまったから。 そこから出て行きたくはなくて。 優しく温かい殻に包まっていた。 それは、柔らかい殻だった。 例えば、涙ひとつで壊れてしまうような。 だけど、強固な殻だった。 唯一の人でないと壊せない程の。 心を護る殻だったんだ。 だけど、俺にはもう必要ない。 俺を包み込む柔らかい殻は、ここにある。 <END> |
過去、100題に挑戦仕掛けて頓挫したブツ。 色んな意味で凄い制作欲の湧く題目だと思う。……出来上がりこんなだけど? |