you say 



この唇が紡ぐ言で

君に何が伝えられるというのだろう






「―――言葉は魂を持つ」
 そう言って、さらさらと揺れる色合い的には銀に近い金糸の髪を鬱陶しそうにかきあげながら、琥珀の瞳で目の前の少年を真っ直ぐに見据える。
「だから、真名を晒すという事は相手に隷属するという事を念頭に置かなければならない。故に、私達はふたつの名を持つ」
 普通なら、その忠告を聞いて赤の他人にそれを教える者など、まず存在しない。だけれど、その少年はにっかりと笑って、
「俺、マクヴィクス。勿論、これ真名だから」 その真名を躊躇いもせずに告げた。
「―――君は、私の言うことを聞いてなかったのか?」
「あんたになら隷属してもいい。俺はあんたが好きだ。そして、絶対あんたも俺を好きになる」
「…………私には言霊は効かないよ」
 さも当然といった態で胸元で細い腕を組む仕草さえ、どこか優雅で。
「効くか効かないかは、その内解るだろ? だから、結果が解るまで傍離れないから」
「……邪魔、」
 えもいわれぬ妖艶な笑みで、いっそきっぱりとシィンは言い切った。



 街道沿いに在る昼間の食堂は、雑多な人々で混んでいる。
 その食堂の隅で、ひとり食事を取っていた少年は、目の前が陰ったのに気付きふっと視線を上げた。
「シィン、先に食べてるよ」
 そう言って、キョロキョロとシィンの周囲を見回す。
「あれ? 昨日旅は道連れとか行って着いて来てたあいつは?」
「隷属したいっていうから、面倒になって追い払った」
 椅子に掛けながら、シィンは箸を手にした。そして、冷めかけた残りの料理を口に運ぶ。
「どうして? 折角隷属してくれるって言うんだから、素直に真名貰っちゃえばいいのに」
 荷物半分持ってくれてた便利くんだったのに…と、大きな灰色の瞳を大きく瞬きながら赤い唇を尖らせて言う少年に、シィンは大仰に肩を竦めた。
「簡単に言うけどな、カサギ? 人ひとりを呪縛するっていうのは案外大変なんだから」
「望んで呪縛されるんだったら、別じゃんか」
 テーブルの上に並んでいた3人分の料理の7割をひとりで平らげ、 「もう食べらんねぇ」 とうめくカサギを柔らかな視線で見つめながら、シィンはにっこりと笑った。
「それに……邪魔」
「…………どういう意味で?」
「勿論、私達ふたりの」
 シィンの返事に、カサギはうんざりとした態を隠すどころか、大仰に溜息まで吐いて見せた。肩を竦めるというおまけ付きだ。
「言っとくけど、っていうか、もう既に何度も言ったと思うけど。俺はあんたに監視人であって恋人でも何でもないし、ついでにこれももう何百回も言ったと思うけど、俺は男。―――あんたもね」
「容姿的には見えないけど、ね」
 シィンの的確な指摘に一瞬詰まり、それでもカサギは目の前の綺麗な男を睨んだ。
 そのシィンはというと、残り少なかった料理を綺麗に平らげて 「ご馳走様」 と両手を合わせている。
「人の事、言えないだろ」
 さっき、男に告られてたの誰だよというカサギの言葉には 「人は美しい者が好きだろ?」 等と、照れも謙遜さの欠片もなく言ってのける。
「追撃させていただいてもいいんだったら、言っとくと! 俺は自分よか大きな、男の恋人持つ気ないから」
 齢17の発展途上真っ只中の少年は、いっそ小気味いいまでにきっぱりと言い切った。
「そりゃ勿論、私って者がいるんだから。他所に恋人作られても困る」
「…………だから、今そこで言霊使うな! それも、監視人に向かって、」
 通常普段の会話にでさえ、強弱の差はあれど言霊は含まれている。
 だけれど、それは力を擁する程のものではない。
 それをするのが、普通の人間であるなら―――だ。
 そして、カサギの監視するこのシィンは全く持って普通ではなかった。
 たったひと言、何気ない挨拶程度の言葉にでさえ人を殺傷する念を込められるという稀有な力を持ち得る。
 所謂、言霊使いだ。
 貴重だけれど、酷く厄介な術師だ。
 尤も、人を傷付け殺めるという言霊にはそれなりのリスクも伴う上に、術の放力も多大。
 そんじょそこらの言霊使いでは到底為し得ない。
 だけれど、それすら難なく使いこなす使い手もいるのが現状だ。常に監視人が付き、見張らなくてはならない程の強い力を持ち得る言霊使い。
 監視人には全ての力を無効、もしくは融解する力を持つ者がなる。
 言霊使いに比べれば、こちらの方が現存する数も未知で奇異な能力だ。何故なら、直接その術に晒されなければ判明し得ないものだからに他ならない。
「油断してる時だったら、効くかな〜と思ったんだけど」
「そういう問題じゃないし、そもそもシィン相手にしてるのに、油断なんて出来ないだろ」
 言いながら、肩の荷を背負い直しカサギは 「―――で、」 とシィンに向き直った。
「これから、どこ行くんだ?」
 そのカサギの問いに、シィンはにこりと笑った。
「愛の逃避行vなんてーのは?」
「却下」
 にべもなく言い切るカサギのそれは想像したものと全く同じで、 「カサギはつれないね〜」 と形だけ落ち込んで見せた。
「テスラの帝都へは、ちょっと遠いけど海からも行けるだろ? 陸地進むのと対して時間的には変わらないし。―――で」
 どっちに行くんだ?と再び問われ、シィンは 「当然、陸。海だと日に焼けて肌が荒れるし、行き先を変更しにくいし」 とブツブツと唸った。
 そんなシィンの様に半ば呆れながらも、カサギはとっとと踵を返す。
「じゃ、行こう! どっちにしても、テスラに戻れば一旦は契約解除であんたから解放されるもん。おねーさん、お勘定ここ置いとくね」
 最後のひと言だけ、給仕の女性に声を掛けているカサギには気付かれないように、シィンは小さく笑みを刷いた。
「まぁ、君が居れば、どの道程行っても楽しいんだろうけどね」
 言葉ひとつ。
 自分の意思ひとつ。
 監視人にでさえ、その恵まれた容姿で微笑めば何でも思い通りになっていたシィンは、カサギに逢って初めて楽しむという感情を知った。
「だからね。手離したりは出来ないよ」
 それは―――言霊。
 全ての力を込めても叶えたい、想い。
「シィン、行くぞー」
 元気なカサギの自分を呼ぶ声に、
「…私なんかの言霊より、君が私を呼ぶ声の方がずっと威力がありそうだ」
 そっと密かにひとりごちて、シィンは至極満足そうに微笑んだ。





紡げば叶うというのなら
真に願うのは 伝えたいのは

―――君への この想い




<END>


 ファンタジーは設定自由なとこが好きです。好き勝手し放題v 時折、自分でも首傾げるとことかなくもないですが(苦笑)。単発ファンタジーな筈だったのに、続きが書きたいかなぁと?