「………あんたこそ、誰」 何か、無駄に大きい。 容姿も服装も無駄に煌びやかしい。 おまけに、無駄に偉そうだ。 誘拐犯のくせに…とは思っても、口には出さない。どんな人物かさえ解らないのだ。下手に煽らないに限る。 だけど、怒りが湧くのは致し方ないだろ、この場合。 どんなに見目麗しかろうが、絶世の美形だろうが、それが何の免罪符になる? なり得ようがないだろう。 無意識の内に睨んでいると、目の前の男の金の瞳が、僕の脇に控えていた男へと向けられる。 「こいつは何だ、小暮」 「日沖様の仰っていた者、です」 「………これが、か」 「…………」 これ、だと? 失礼なヤツだ。 そりゃ、双子とはいえ、僕の容姿は弟の巳桜よりは随分劣るけど。 宰相殿のたっての頼みで、ゆくゆくは彼の方の跡を継ぐべく教育も受けている。国家権力としての宰相の位は、結構な地位だろ。 「これのどこが、五十鈴川王国の誇る”のどけき春の桜君(さくらきみ)”なんだ」 「………」 そこで漸く、人違いされていたことに気付く。 目の前の男が言った”のどけき春の桜君”というふざけた呼称は、僕の弟の二つ名だ。本名が巳桜の所為もあるんだろうけど、本人がほわほわした穏やかな性質なのも多大に影響している筈。 これでようやっと、何で僕がこんなとこにいる羽目になったのか解った。 「こいつは春っていうより、冬っぽい」 「………」 す、鋭いな。何故だか知らないけど、僕にもふざけた二つ名はあって、”麗しき不融の氷姫”とかいうんだった。確かに、氷って冬っぽいけど、正直、この二つ名の意味解らないから。巳桜でさえ君なのに、何で僕に姫なんて付くんだ? おまけに麗しいってなんだ??? 色々考えつつも、口に出したり顔に出すような愚は冒さない。口の悪い乳兄弟からは、表情がないなんて失礼極まりないこと言われるくらいだから、そこから露呈しない自信はある。大事な弟をこんな訳の解らないヤツ等になんか、渡して堪るもんか。 「おい、貴様」 いかにも見下したようなその物言いに、カチンとくる。 「……何様のつもりだ、あんた」 「魔王だ」 胸を張ってのたまいやがる。 「魔王、だと」 あー、なるほど。それで、こんなに無駄に偉そうな訳だ。 だけど、権力を笠に着るヤツほど愚かなヤツはない。 「権力を持ち得ている者がそれを意のままに翳してどうする。そんなことは、小物のやることだ。あんたのその地位は民衆あってこそのものだということを忘れるな。それに、お生憎だけど、僕はあんたたちのいう”のどけき春の桜君”とやらじゃない。どうやら人違いらしいから、帰らせてもらう」 ぽかんと呆気に取られているらしい魔王と小暮さんとやらにとっとと背を向ける。 早く帰らないと、巳桜が心配する。巳桜は無駄に周囲への影響力があるから、下手すると国を挙げての大事になりかねない。そのくらいには、僕らの周囲は特殊だ。 「ぉ、お待ち下さい」 小暮さんとやらが慌てて押し留めようとしてくるから。 「人違い、なんでしょう?」 瞳を細めて、冷たい視線を向けた。周囲が言うには、こういう目をすると強烈らしい。それを肯定するように、小暮さんは一歩引いた。 「あ、貴方さまを運んできた蝶角鳥は日没と共に眠りに着きまして……帰れませんが」 「はぁ?」 ちょっと待て! 魔族って夜行性じゃないのか?! それに日没と共に、ってどんだけ健康的なんだ? この城は、四方が断崖絶壁の切り立った山の天辺にあった。御丁寧にも、険しい山の周囲は見渡す限りの鬱蒼とした森。そんな様は、魔王の城に相応しいともいえた。が、要するに、空を飛ぶか空間を渡るかの方法でなければ、帰るに帰れないといった状況。 残念な事に、普通の人間でしかない僕には翼はないし、空間転移なんて高等魔法も使えない。 「今現在、この城から貴方さまを無事に戻せるのは、日沖様だけなのです」 「………」 「頼むのであれば、運んでやらないこともないぞ」 胸をそらして偉そうにほざく様に、よりいっそムカつく。こんなヤツに頭下げるのなんて、絶対に嫌だ。それならいっそのこと、ここで一泊した方が余程マシだとさえ思う。 「………」 そんな僕の逡巡に気付いたのか、小暮さんは 「是非、お泊まりください」 と言ってくれる。なんていうか……腰が低くて、魔族へ持っていたイメージを良い意味で崩してくれるキャラだ。 「世話になります」 巳桜が多大に心配しているだろうとは思いながらも、与えられた選択肢の中から選び取れるものは他になくて。仕方なく、一晩世話になることにした。 歩く度に、積もった埃が舞い上がるって……何年掃除しなければこうまでなるんだ? 何度も咳き込みながら、小暮さんの後を追う。 やたらと広くて薄汚い城。 こんなとこ……人が住むとこじゃない! って、魔王の側近ってことは、小暮さんも魔族ってことで、人じゃないからいいのか? 見てくれが僕らとそう変わらないから、今更ながらに気付いたけど。 いや、待て! 魔族の王城だからとか、そういった理由なんかじゃこの汚さは許容できない。僕は、双子の弟の巳桜でさえもが呆れるほどの潔癖症だ。 そして、ふっと気付く。 「小暮さん、つかぬ事を伺いますが」 「はい、何でしょうか」 「僕が泊まらせていただく部屋、掃除してありますよね」 埃の舞う黴臭い部屋になんて、絶対に寝られない! と、思い問えば。 「ええ、勿論です」 小暮さんはにっこり笑って僕の心配を払拭してくれ―― 「25年程前に」 「………………」 なかった。どころか、25年前?! 絶対、菌糸類やらの植物とさえいえないものとか、生えてる!! 一瞬、選択誤ったか? とも思ったけど……あの日沖とかいう魔王に頭下げるのと汚いこの城に泊まるのと天秤に掛けても、どちらか一方に傾く兆しさえない。どっちもどっちって事だ。 だとすれば、もう他に選択はない。 「……掃除道具、準備して下さいますよね」 にっこり笑って言えば、感心する程見事に青褪めた小暮さんは、 「さ、探して参ります!」 目の前から埃を巻き上げながら走り去った。 |
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… to be continue |