陽は西か東か ・・・ 4




「〜〜〜幸邑ッ、いい加減に巳桜から離れろ!」
「何故です? 動揺している婚約者を慰めるのは当然でしょう」
「ーッ! てめ〜っ!!! んーなことは俺達は許しちゃいねー!」
 常から沸点の低い鈴木の怒声に、一気に頭が冷えた。
「ーッ、こんなことしてる場合じゃない」
 温かな胸を押し返す。
 そうだ、最近マリッジブルーとか入ってる所為で気分的な浮き沈みが激しかったんだ。おまけに今、目いっぱい動揺してるし! だから、僕ともあろうものがこんなに弱気なんだ。
「ゆき! 捜索隊結成してくれるんだよね」
 頭ひとつと半分の角度を見上げながら、さっきの台詞を忘れたとは言わせないとばかりに勢い込んで問う。
「巳桜の大事なひとは、俺にとっても大事だからな。―――だが」
 そこで一旦言葉が途切れる。切れ長の黒曜石を模したかのような瞳が、すっと細まった。
「今は北方への牽制と、この間の西区への魔族の襲撃の後処理で人手が不足している。で、ものは相談ですが」
 そう言って室内を見回す幸邑の視線は、何かを含んだもの。なんていうか……性質が悪い類のものだ。思わず、冷や汗が滲む。こういうときの幸邑は何かよくない事を目論んでることが少なくない。
 何を言い出すのかと、ひやひやしていた…ら。
「鈴木殿下、皆見殿下、近江捜索をお願いできないでしょうか」
「ーーー待ってよ!」
 幸邑が今名を呼んだ彼らは、僕と近江の乳兄弟とはいえ、仮にも王族だ。そんなこと、頼める人たちじゃない。
「鈴木殿下の剣の腕と、皆見殿下の魔術。どちらもこの国では希少な使い手です」
「そうだけど! だけどッ、」
 そんなこと、許される訳ない。
「………俺はかまわねぇけど」
「鈴木に同じく」
 確かに助けに行って、と頼んだのは僕だ。だけど、それは捜索隊を結成するってことであって、彼ら自身に近江救出を願った訳じゃない。
「鈴木も皆見も、何言ってるの?! 自分達の立場、考えろよ! 宗田も何とか言ってよ」
 ひとり、指名を受けなかった宗田を見ると、彼は小さく肩をすくめた。
「私だって、行きたいくらいなんだ。だが、一国の王子がこぞって城を空けるなんてことは許されないだろうからねぇ。弟達が行ってくれるというのなら、私は我慢して君たちの帰還を大人しく待つよ」
 宗田の台詞に、絶句する。
 何を言ってるんだ、この人たちは。
「……り得ない」
「巳桜?」
「……………陛下が、お許しになられる筈……ない」
 どこの世界に、血の繋がりもないただの乳兄弟にしか過ぎない幼馴染みの捜索に、尊い王族を中てる者がいる? いくら陛下が温情に厚いといえ、受け入れられる筈ない。
「何言ってんだよ、巳桜! 親父が反対なんてする訳ないじゃん。逆にさっさと行けって怒られるぜ?」
「もし仮に反対されたって、俺も行くし」
 ふたりの力の入った言葉に、唖然とする。
 だって、そんなの……違うだろ?
「………な、んで?」
「巳桜?」
「何で、そこまで」
 どうしてそんなことを気軽に受け入れるのか、解らなくて途方にくれる。
 そうすることでのメリットなんて、君達には全くないのに。
 ただ僕は、自分の一番大事な人を取り戻す為に、君達の持つ権力の一端を貸して欲しかっただけなのに。
「そんなこと、当然だろ」
「……当然?」
「そう! 俺も宗田も鈴木も、皆近江と巳桜のことが大事で大切なんだから」
 ………そんな言葉。
「聞きたくないよ」
 小さな小さな呟きは、誰にも聞き咎められなかった。





「じゃ、行ってくる」
「気を付けて」
「任せとけって」
 陛下や妃殿下は流石に止めて下さるだろうという巳桜の目論見は、脆くも崩れ去った。それどころか、
「近江を見つけるまで戻る事はまかりならんぞ」
 などと、陛下の命までが下された。
 おまけに、 「巳桜は城で待つことは出来ないのですか」 とまで妃殿下に懇願されて、泣きたくなった。
「僕と近江なら、何処にいても互いに知ることが出来ますから」
 かなり脚色してるかもと思いつつ、そうとでも言わないと、城に留め置かれそうだった。
 両陛下の心配そうな表情はご自身の息子にではなく僕に向けられていて、正直居た堪れない。
「鈴木、皆見、くれぐれも巳桜に怪我などさせぬように」
 何度も何度もそう念押すように言われて、鈴木と皆見は呆れた面持ちだったけど。
「では、参りましょうか」
 城との連絡・警護役として共にすることになった村上という獣使いが、出立を促す。獣使いって数少ないし、城の重要な守り手でもあるのにいいんだろうか、と幸邑に訊ねると、
「だからこそだ。彼一人で軽く十人分の働きはしてくれるから、君を守るのを第一に考えるように言っている」
 さも当たり前のようにのたまった。
「…………」
 そこは一応、建前でも王子たちを守るって言っておいた方がいいんじゃない? 立場が立場なんだし……と思ってそっと両陛下を窺うと、何度も頷いている様が目に入った。
「ぇっと……じゃ、行って参ります」
 なんだか、鈴木と皆見が哀れに思えてきた。

… to be continue