−シュウ− 〜序章〜 一幕 こいつに抱かれるのは、何度目だろう…。 そう考えて、自分の身体の上でうっすらと汗ばんだ男の端正に整った面を、虚ろな瞳に映す。 最初のうちは数えていられた。犯された回数だけ、いつか殴ってやろうと考えていた頃まで。 そのうち、50を越える辺りになって数えるのをやめた。 ―――殺してやろうと思ったからだ。 そうすれば、一回で済む。 肉体に与えられる快感は、自分で望んだものではない。雄の本能が、与えられた刺激に寄って自分の身体を支配しているに過ぎない。 そう頭では理解していても、この自分を翻弄する嫌悪感はぬぐい去る事が出来なかった。 ―――自分たちのどこか間違っているこの行為を、じっと傍らで眺めている眼差しさえなければ、その嫌悪感もかなり薄れる筈なのに…。 そう思い、脇に座する老人の顔に視線を移した。 始めて会ったのは、四年前だ。その頃、69歳だと聞いた―――とすれば、今は73の筈だ。 血色もよく、強い意思そのままの目つきの所為で、とても実年令には見えなかった。いま現在も、その印象は変わらないが…。 「誠に残念だが、私は君の相手が出来る程若くはない。だが君には私の欲求を満たす事が出来るだろう」 そう言って、御前と名のった老人は、自分の傍らに立つ大きな男を呼び寄せた。 「この星野が、君の相手をする。その様子を拝見させていただくよ」 御前の言葉の意味が掴めず、暫くその場に立ち尽くしていたのを覚えている。 言葉は耳に届いていたが、脳に到達するのを無意識のうちに拒んでいたのかも知れない。 しかし、それを断れなかった。多分、自分が「嫌だ」と言えば、聞き入れられた可能性のほうが高い。組織のなかでも、自分の置かれていたセクションは特Aランクに位置されていた。 そして、そこでも彼は特別だった。 情報化社会と呼ばれはじめた現代において、その基本は情報だ。高々フロッピィ一枚分の情報でさえもが、時には何億という金額になる。一台のコンピュータで、その情報を軽々と入手できる手腕は、他の多くの者が総称で呼ばれていた”商品”という名称では一括りにされないだけの立場にあった。 たとえその地位が、一瞬後には虚無のものになったとしても。 否と言えなかったのは、ハルカの所為。 拒否すれば、全ての制裁が自分ではなく、ハルカに向けられるから。 組織において、ただひとりの友人だった。自分の為に、酷い目に合わせたくなかった。 ―――二度と泣かせたくない。 その為には、「NO」と言うことは出来なかったのだ。 もう……自分の目の前にハルカが現れる事など、二度とあろう筈もないのに。 生きては―――もう二度と。 身体を苛む痛みを、それとは感じないようにするコントロールも、何度目かの行為の後に自然と身につけた。 御前の夜伽を遣った次の日は、仕事を与えられる事もなかった。 かといって特別する事がある訳でもなく、やはりいつもと同じ様にコンピュータの前にいる自分が居た。 ―――自分は一体何だろう…。 毎日機械の箱を相手にし、たまに男の慰み者にされ―――”生きる”ってこういう事なのか。 だったら…だとしたら、なんてつまらないのだろう。 ”生”そのものに疑問が沸く。 「……っうっっ!」 瞬間、身体の奥を深く抉られる感覚に、思考は完全に打ち砕かれ、喉に固まった様に溜め込んでいた息が唇から零れた。 視界には入っていたが、存在自体を排除していた男たちの姿に色が戻る。 「早く終わらせて欲しいのなら、こちらに集中しなさい」 その声は優しいが、有無を言わせない強い響きを含んでいる。 「木偶の坊を抱きたい訳ではないのだよ」 考えるという逃げ道を閉ざされ、どこかに追いやっていた感覚に再び襲われた。 この行為自体に快感など感じない。受け入れ難い痛みだけが、自分の身体を支配しているとしか思えない。 「…一体…っ、俺にな…にをしろって―――あっ…」 どうして自分なのかが分からない。ただの”商品”の筈だった自分が、何故男たちの慰み者にされなければならないのか…。 組織には、高級娼婦・男娼を一部の選ばれた人間にだけ売るセクションも在った筈だ。 なのに…何故自分でなければならないのだ―――。 「…やっ……!」 まだ子供のそこを強く握られ、白い喉を仰け反らせた。 「―――何も考えない事だ。感覚だけを追いなさい」 当然の権利だとでもいうように、自分を追い込んでゆく男の声。微かに掠れ、息も上がっている。御前の側近兼ボディガードを勤めるこの星野は、そのしなやかな姿態からは想像もかなわない程 とんでもないタフさを誇っている。 露になった首筋に、熱い唇が押し当てられた。 「そんなに私は下手ですかね」 「やっ…ぁあ―――」 「…貴方に考える隙を与えてしまう程度の―――」 喉元に這わされた唇が言葉を紡ぐたび、押し寄せる波に翻弄される。 ―――いつか…。 熱くなってゆく身体とは別に、どこか冷めてゆく頭のなかで、呪文にも似た祈りを呟く。 ―――いつか絶対に、殺してやる。 『シュウ』 〜序章〜 一幕 ©mori tukinosato |