告白






 今日も今日とて同盟軍の本拠地・ブラックベリー城の石板前。
 綺麗な―――という比喩がはまり過ぎる風使いの少年がひとり。静かに佇むその可憐な姿は、見る者に感嘆の声を上げさせるには充分過ぎるきらいがある。しかし、それはあくまで黙って立っていれば、の話。
 この綺麗な少年は、その溜め息を誘う容姿からは想像もつかない性格をしていた。
「ルック、おはよう♪」
 朝一番の挨拶の言葉を、それはそれは嬉しそうに駆けてくるのは同盟軍軍主・ツバキ。
 常日頃から、お飾りだの軍主としての技量が足りないなどと言われ続けながらも、ほのぼのとした雰囲気を醸し出してる彼を、本気で嫌える奴など居ないに違いない。
「やあ、何か用?」
 用がないのなら近寄るな、といった態のルックにそれでも笑いかけながら、「えー、用なんてないけど」
 などと答えてしまい、冷たい一瞥を喰らっている。
「用はないんだけど…最近、ルック変だよね?」
 その、問いかけにも確認にも取れるツバキの台詞に、ルックは訝しげに眉根を寄せる。
「……どういう意味?」
 変なのは君の方だと言いたかったであろうルックは、しかしそうは言わなかった。
 思えば、初めて会った当時からこの軍主は変だったのだ…と考えたからに他ならない。今更だ…と。
「えー、だって…。最近声掛けても気付かないこと多いいし、たまーにぼ〜っとしてたりするし?」
 前はそんなことなかったよねー?と問われ、ルックには珍しく言葉に詰る。
 ルックはどんなに自分が不利でも、そんな状況を他人に悟られたりするようなことはない。必要以上に、他人に自分の中に入らせない。冷たい一瞥と痛い毒舌で、ものの見事なまでに他人を拒絶する。
 いっそ潔いまでのその態度が、同盟軍の一部の変わった性癖の者たちを惹き付けてやまないというのを、本人は知っているのかいないのか…。
「……君には関係ないよ」
 そう投げつけられるその台詞に、いつものような覇気はなくって…。
「えー、そんなことないよ! こんなホールのど真ん中で、そんな綺麗な顔で鬱々とされてちゃー、みんな近寄れなくなっちゃうし。城の雰囲気悪くなっちゃうじゃない」
 ルックの眉間の皺が深くなってゆく。
「・………こんなホールのど真ん中に石版設置したのあんただし、僕はいつもと同じ顔してるけど?」
 一層近寄れない状況を作り出したのは、間違いなくこの軍主であろうに。
「駄目駄目! 僕をごまかそうったってそれは無理。僕、ルックのことはちゃんと毎日チェックしてるんだから」
「…………何なのさ、そのチェック…っていうのは」
 冷たくなってゆくルックの声音に気付いた風もなく、ツバキは胸まで張ってのたまう。 「毎日のルックの顔色から食事のメニューまで。身長とか体重とかも、ちゃんと調べてあるよ?」
「……………………切り裂き(怒)」
 ルックの小さな詠唱と共に繰り出された風の刃が、それは見事にこのセクハラ軍主だけを切り裂いた。






◇          ◇          ◇








「いやー、流石ルックというべきだよなー」
 包帯だらけのツバキが横たわる寝台の脇で、折畳式の椅子に腰掛けたシーナはしみじみと言う。
「だってさー、あんだけ難易度の高い術を単体の標的のみに向けて放てる…って、やっぱ凄ぇだろ?」
 そもそも全体攻撃用の術だぜ?と追加して言ってくれるシーナに、ツバキはふてくされたように唇を尖らせる。
「シーナ、なんか嬉しそう…」
「あっ、分かる?」 放っておけば、歌い出しかねないかのようにシーナは嬉しそうだ。
「一体、何がそんなに嬉しいの」
「…って言うか、お前がルックの特別じゃないことが嬉しいんだけど?」
 何なの、それって……。思い切り睨み付けるツバキに、シーナはへらへらと笑う。
「天魁星ってだけで、ぱっと出のツバキにルックの特別になられることが悔しいだけ」
 ライバルは少ない方がいいし?
「……なんか、思い切りむかつく」
 暫くは休みなしで遠征連れてってやる―――そんなツバキの心の内を知ってか知らずか、シーナは満面の笑みを向けた。
「それはそうと。ルックは何だって?」
「…話してくれたと思う?」
 問い掛けに問いで返したツバキに、シーナは 「いーや?」 と頭を横に振る。
「……分かってんなら聞かないでよ」
「そんなに怒るなよ」 どこか可笑しそうに笑いながら、シーナは苦笑を浮かべた。
「怒らせてるの、シーナじゃないか」
 尚も言い詰めようとするツバキに、シーナはまあまあと両の掌を胸の前で開き、押し留める格好をする。
「それに、僕より付き合い長いんなら、何で最近のルックがあーなのか分かんない?」
 そのささやかな意趣返しに、シーナがむっと眉根を寄せる。
「分かるわけないだろ。あいつが、必要以上に近付かせてくれないの分かってんだろ」
「…知ってるよ」
 だから―――安心してた。彼は誰のものにもならないんだと。例外なんてないと思ってた。
 その彼が……最近オカシイ。
 ルカ・ブライトを倒した辺りから。
 ぼ〜っとしてる事が多くなった。声を掛けても、返答をもらうまでに間が空く。それくらいならまだマシな方で、問い返されたことも一度や二度ではない。
 それまでの彼には、絶対に見られなかったことだ。
 最初は、あのハルモニアの神官の所為かと思ってたけど…。どうやら、違うらしい。
 シーナに相談したのは、彼の側でいつも彼を見ていたから。3年前にも一緒に戦ったと言っていたし、自分よりは彼に関する情報が多いだろうと踏んだからなのだけど…。
 やっぱり、相談する人間を間違えたような気がする…と、今更ながらにツバキは後悔した。
「まあ、でも想像ならつくかな……」
「 ――― えっっ!!!」
 シーナの台詞に、傷の痛みも忘れてツバキは飛び起きた―――が、
「〜〜〜ってーーーーっっ」 再び寝台に逆戻りとなる。
「ははは、大丈夫かー」
 笑いながら問うてくるシーナを、あまりの痛みに涙目になりながらも睨み付けた。
「怒んなよ」 それでも笑みを絶やさずシーナは言う。
「ルックがオカシくなったのって、ルカ・ブライトを倒した後だったろう」
「…うん」
「その時期、…あっただろう。俺たちにとって重大なことが。バナーの村で…」
「…えっ……って、それって」
「そう、それだよ」
 自信ありげに胸を張るシーナに、ツバキは胡散臭げな視線を向ける。
「でも……、ルックあんまり…っていうか、全然嬉しそうじゃなかったし、近寄らないようにしてるよ…ね?」
 ルックはどちらかと言えば面倒臭そうな顔をしていたように思う。
 そう、件の英雄サクラ・マクドールに会った時。ひと言声を掛けるには掛けたが、それさえも、面倒臭そうに見えたし。一方のトランの英雄は、ニコニコ笑って至極嬉しそうだったけど。
「あのルックが、嬉しそうな顔してたことがあるかよ」
 尤もといえば尤もな台詞に、思わず頷いてしまう。 「ない…けど……」
「加えて、素直じゃないっていうのも当然知ってるよな」
「うん…」
「―――つまりは、そういう事だ」
「……訳分かんないよ」
「あー、もう脳みそちゃんと使えよ!」
 "……やっぱりむかつく。"
 思い切り眉間に皺を寄せたツバキに、シーナは 「なら…」 と楽しそうに指を一本立てて見せた。
「よーし! じゃあ、直接聞いてみようぜ」
「えっ、誰に?」
「ルック本人に決まってるだろ」
「……ぜったーーーーーーい! 無理!!」
 ツバキが力一杯断言すると、 「まあ、任せとけって」
 シーナはやけに自信たっぷりに言い放った。






◇          ◇          ◇








 同盟軍のブラックベリー城内には、池と呼ばれるそれはひとつしかない。
 いつもはユニコーンやアヒルがのんびりと過ごすその場も、この時ばかりは7、8人の若い男女に占拠されていた。
「……何でこんなに人が居るの?」
 医務室のホウアンから退院許可を貰い、ナナミと共にシーナに誘われてその場にやってきたツバキは、てっきりシーナだけだと思っていた所為で素直に驚く。
「まあ、これも計画のうちだから」 小声で耳打ちしてくるシーナに、訝しげな表情を隠しもせずに、ツバキは腕を組んだ。
「計画って何?」 ―――確かに、不本意そうな表情をしたルックも居るけど…。こんなに人が多い状態で、彼が自分の悩みなんて打ち明けてくれる訳ないじゃないか…。
「ツバキは知らないだろうけど、ルックは予定外の事とかハプニングに免疫がない分弱いんだ。特に、訳の分からない押しに弱い」
「……それでこの人選…?」
 ツバキはぐるりと輪になった彼らを見回して唸る。
 これから悩みを聞きだそうとするルックは当然として、自分とナナミ、シーナ。おまけに、ヒックスにテンガアール、ニナ。確かに、無理やり同席させられた感のあるヒックスは別として、テンガアールとニナには、訳の分からない―――常人では計り知れない類の押しの強さを常日頃から感じてはいたの だが…。
「……大丈夫かなぁ……」
 僕がルックなら、瞬時に城中に噂が広まってしまいそうなこのふたりの前で、絶対!悩みの相談なんて危ない事はしたくない…っていうか、出来ないと思うけど…。ある意味、リッチモンドさんより危ないかもしれないよ? 当たり前といえば当たり前なことを、本気で思ってしまった。
「まあ、任せとけって」 力強く胸を叩くシーナに、思い切り胡散臭げな表情を向けてしまったとしても仕方ない状態だった。



「……って、シーナさん心配してるし、私たちも毎日ぼーっと石版の前に立ってるだけのルックくん見てて、ちょっとは心配してるんだよ」
 "……ニナ、凄い失礼だよ、それって。"
「そうそう!」
 "…ナナミ、そこで頷いちゃ駄目だって…。"
「あんな所で一日中立ってて、もっと他にする事あるんじゃない?」
 "…だから(汗)......。"
「そうそう!」
 "……駄目だって言ってるのに……。"
「今しか出来ない事とかやるべきよ!」
 "いや、石版の前には居て欲しいんだけど…。"
「そうそう!」
 "見つけやすいし、何しろこの軍のマスコットなんだから…。"
「いくら戦争中だって言ったって、それにどっぷり漬かってなくたっていいじゃない」
 "…っていうか。"
「こういう時って、気楽に構えてた方がいいんだよ」
 "どんどん、脱線してってない? 怖くてルックの方が見れないんだけど…。"
 途切れる事もなく言い募る女の子達のかしましい口攻撃に、勿論怖いもの知らずのツバキといえど口は挟めない。当然、その攻撃の矢面に立たされているルックの方など見れる筈もなく…。変わりにシーナを見ると、ニヤニヤ楽しそうに笑ってたりする。
 思わず、ツバキは盛大に溜め息を吐いた。尤も、今溜め息を零したいのは彼女たちの真ん中で、逃げるに逃げられない状態のルックなんだろうけど…。
「…………今しか出来ない事って、なんなのさ」
 てっきりナナミの合いの手が入ると思っていたから、そこに入り込んだその淡々とした声音に、正直ツバキは驚いた。声の主に視線を巡らせると、想像していたよりは怒っていないらしいルックが、それでもやっぱり仏頂面で…。
「それはやっぱり、青春を謳歌する!よねー」
 "……そうなの…? まあ、彼女たちはそれなりに…というか、かなり謳歌してるようではあるけど…。こんな状況下なのに、女の子って凄い…とか感心したんだよね、確か。(特に、フリック追い回してるニナとか、城で待機してる間でも、ヒックスと絶対離れないテンガアールとか…)"
「…………青春…って何さ」
 全くもって意味不明…といった感で、再び尋ねるルック。
 "あー、何だかいつもと違う…。可愛い〜♪ 押しに弱い、ってこういうこと?"
 悶絶するツバキなどにはお構いなく、問われた少女たちは嬉しそうに言葉を繋げる。
「えー、それはやっぱり、恋したりー」
「友情を深めたりー」
「勉学とか武術に励んだり…とか? 何かに打ち込むんだよ」
 "……そういうものなの…? んーじゃあ、僕って青春謳歌しまくってるよね。恋は兎も角、友情深めてるし勉学は無理やりだけど、武術だってちゃんとやってるし…。そうか、僕ってこんな状況下でも、ちゃんと青春してたんだー。何か、自分で自分に感心したりして…。"
「悩むのも青春時代ならではなんだけどー、やっぱりひとりで悩んでちゃダメだよー」
「そうそう、何のための仲間だと思ってるの!」
 "凄い…ある意味、凄すぎる。"
 いつものまともなルックなら、今のナナミの台詞など鼻先であしらわれるだろうとツバキは思う。そういう仲間じゃないんだけど…とか言って。
「…………………」
 "あー、ルック何か考え込んじゃった。やっぱり、どこか変―――。"
「―――ルック?」
 あまりに長い沈黙に、ツバキは恐る恐る名を呼んでみる。
「……あんた達に相談したら、悩みも解決するって訳?」
 疑わしそうにニナ達を見回すルックの姿を前に、盛大に叫びそうになって、思わず口許を押さえ込んだ。
 "嘘ー!!! マジ? マジ?? マジに―――??? 何で二ナ達に相談しようなんて思える訳!!!!!!"
 本当にそれでいいの!!!と、ルックに詰め寄りそうになる己を自制するのに、ツバキは多大な精神力を要した。
「任しといてよ!」
 どこに根拠があるのかも解からないのに、二ナとテンガアールは力強く頷く。
 そのふたりの姿に、これから起こるであろう事柄を想像して、ツバキは意味もなく背筋を伸ばした。
「…………ぁさ、聞きたいんだけど」
 こういう場合、女の子達は凄い聞き上手だ。うんうんと、重い口を開きかけているルックの前でタイミングよく相槌を入れる。捕らえた獲物を逃すまい…とでもいうように。
 ツバキは目の前のある意味攻防戦(?)に、掌をぎゅっと握り込んだ。
「……何かよく解かんないから、気になるんだろうと思うんだけど……」
「うんうん、何が?」
「―――いつもへらへらして側に居られたら鬱陶しいと思うのに、居なきゃ変な感じするし。触れられるとドキドキするし、おまけに胸まで痛くなるし…。あいつが他の誰かと楽しそうにしてるの見ると、イライラするし。……何でこんななのか、全然解からないんだけど…」
 珍しく長い台詞を一気に言い終えたルックが、本当訳解からないって表情をして彼を取り囲む皆に視線を向けた。
 勿論他の皆は完全に戦意(?)喪失状態で、声を出せる者すら居ない。
 ここまで言われて、ルックの悩みが「草津の湯でも治せない病」であるという事に、気付かない者が居る筈もなく。いつもは余裕の笑みを浮かべてへらへらしているシーナや、困った顔か穏やかな笑みかのどちらかしか表情がないのか…と皆から思われているヒックスでさえ、呆気に取られた顔をしている。
「…………ルック……、それって―――」
 がっくりと肩を落として、心なしか顔を赤らめてツバキはルックを見る。
「…何さ?」
「―――ルックくん!」
 何か言いかけたツバキの台詞を遮るように、二ナがルックを呼ぶ。
 胡散臭そうにそちらを見やったルックは、
「その! あいつって…誰!?」
 との二ナの問いに 「あんた達が有り難がってるトランの英雄だけど…?」
 眉間に皺さえ寄せて答えた。
「…すっげー告白聞いた……」
 ツバキの隣でやっと復活したらしいシーナが、目をまん丸にしてそれでも唖然と呟いた。
 シーナのその呟きに、訝しげな表情のまま 「告白って何さ?」
 等と言うのを耳にし、ツバキは一層脱力状態に陥った。
 "ま……まさか、色恋沙汰に限った事とはいえ、物知らないのもここまでいくと貴重なんじゃない?"
「あのね……ルック、それってね―――」
 「〜〜〜〜〜きゃ ーーーーーー !!!」
 再びツバキの台詞を遮ったのは、文字通り鼓膜さえ破れてしまうのではないかと思えてしまう程の黄色い悲鳴。
 悲鳴の先には、手と手を取り合ったニナとテンガアール。
「やっぱりね! やっぱりそうだと思ってたのよ!!!」
「うんうん、そうだよね!?」
「ナナミちゃんもそう思ってたでしょ!」
「えっ…えっ? 何? 何???」
 物凄い勢いで同意を求められ、きょときょとと周囲を見回しながら、ナナミはパニック寸前だったりする。
「これは、早速報告よ!」
「そうだね! じゃあ、20分後にハイ・ヨーさんのレストランに皆集合だね」
 言いながら立ち上がった少女達には、既にその場で勢いに飲まれている他の面々など眼中にはないようだった。
「ほら、君も行くんだよ!」 流石に、テンガアールはヒックスの事だけは忘れてはいないようであったが。
 "ちょっと待って、君たち……。っていうか、皆って誰?!" 訊ねようとしたツバキには一瞥もくれず、スカートを翻して少女たちは走り去って行った。



「…………一体、何なのさ。あのふたりは」
 思い切り不機嫌そうなルックのその不機嫌の元が、自分の悩みが全く解消されなかった事であるのは一目瞭然で……。
 そんなルックを前に、ツバキとシーナは顔を見合わせて溜め息を零す。
「―――あの様子じゃ…電光石火だな」
 今日中には、城の人々全ての周知の事実となっていることだけは間違いないだろう。
「まぁ、仕方ないよね」
 何しろ、人目を惹く事にかけては5本の指に入るふたりだ。
「……ルック、覚悟しといた方がいいよ」
 心なしか哀れむ様な視線を向けられ、
「君たちのいう事、全然解かんないよ」 どうやらルックは、本気で旋毛を曲げたらしい。
「時間の無駄だったよ」
 そう言い残し立ち上がると、さっさと踵を返した。
 その場に残された3人(事態をはっきりと把握しているのはふたり)は、明日からの彼の周囲を思って、深々と溜め息を吐いた。






◇          ◇          ◇








 いつものように、ホールの奥で不貞腐れた面持ちでその場に立ち尽くす石板守。
 そのいつもと変わらぬ様子に、今やブラックベリー城で話題沸騰状態のトランの英雄は、ほっとしたように微笑を浮かべる。
 そんなサクラの存在に気付いたらしいルックが、目を眇めてホールの入り口から自分の方に歩いてくる彼に視線を向けた。
「やあ、ルック」
「……又、来たの」
 ふたりのそんな様子を見て、どこかで黄色い歓声が上がる。
「大変そうだね」
 苦笑混じりに言うと、 「……何が?」 と訝しむように問い返された。
 本当に何も気付いてない風のルックの態に、サクラの笑みが深くなる。
 周囲がどんなに騒ごうが、やっぱりルックはルックで…。
「…………何が可笑しいのさ……」
 そんなサクラの態度が気に障ったらしいルックが、不機嫌そのものの表情を隠しもせず訊ねた。
「可笑しいっていうか……嬉しいんだけど?」
「はっ?」
「告白―――してくれたんだって?」
「…何?」
「でも、出来れば、僕の前でして欲しかったかな?」
「一体、何の事……」
 ルックは言い掛けて、ふっと口を噤む。
 そういえば、ここ数日――正確にはツバキとその他数人に相談事を持ち掛けてから――やたらと周囲が五月蝿かったな…と、ルックは今更の如く思い出した。
 噂話には興味も必要性も感じないから、聞く耳も持たないし、故に当然その内容までは知らない。
 しかし、確かに石版ホールに立ち入る少女達が多くなった事は確実で。今も周囲を見回せば、両の手で足りないくらいの人数が見て取れた。
「……何呆けた事言ってるのさ。大体、告白って何」
 心底訳解からないという風にルックは腕を組んで、目の前の英雄とまで謳われるその男を見上げた。
「ルックってある意味、犯罪的に物知らずだよね」
「…………切り裂かれたい?」
 確実に気温が数度下がったと思われる石版の前。それを成したと思われる冷気の出所である少年を前にしながらも、サクラはにこにこと笑みを絶やさない。
「それは遠慮しときたいな」
 そう言いながらも、満面の笑顔が消える事もなく。
 何を言っても変わる様子のないサクラの態度に、ルックは肩を落とし、それはそれは盛大な溜め息を零した。
「……一体、何の用なのさ」
 振り回されてる、何でこいつには勝てないんだ!? ―――目の前の風使いが、そう自問自答しているなんて事は知らない筈のサクラは、それでも 「あのね、」 と言い聞かせるかの様な響きを言葉に乗せる。
 ふっと顔を上げたルックに、
「今の君の、矛盾しまくりの感情諸々に名前を付けるとね」
 それはそれは楽しそうにサクラはのたまう。
 そんなサクラの様子に半ば憮然としながらも、 「何さ―――」 とルックは尋ねてみた。
 何で自分の感情云々を知ってるのか……なんて問い掛けは、サクラには愚問だと、ルックは知っている。この、ある意味得体の知れない男ならば、望んだ情報を入手する事など簡単にやってのけるだろうし。そんな手間を掛けなくとも、あのお気楽軍主のツバキなら、聞かれる前にある程度の情報は喜んで提供しそうだ。
 それに結局、サクラが今提示しようとしているソレは、あの時相談を持ち掛けた誰一人として返してくれなかった答えの筈だ。
 それは、自分が欲しかったものだから。ルックは珍しく素直に聞く事にした。
 そんなルックの様子に、サクラは笑みを一層深くして
「"恋"っていうんだよ」 諭すように言葉を告げる。
 告げられたソレに、ルックは一瞬きょとんとし、
「……で、"恋"って何なのさ?」
 訝るように再び問い掛けた。そのかなり意表を付いた問い返しにも、全くめげた様も見せずにサクラは嬉しそうに微笑う。
「それはね―――」



   "君が、僕の事を好きだ…って事だよ"



 耳許に微かに囁かれ、その言葉の意味を脳が解析した途端。
 頬といわず、項といわず、見え得るところを全て朱に染めて、その小さな風使いは硬直した。






◇          ◇          ◇








 たっぷりと1日半の間呆けたままだった、ブラックベリー城のマスコットである綺麗な魔法術師が、トランの英雄サクラ・マクドールの
「散歩でもしない?」
 という誘いに、暫く思案した後、頬を微かに染めながらもひとつこくんと頷いた光景が。


 ―――見られたとか、見られなかったとか…。








...... END
2002.03.17

1000番目の御来店者様・satomi様へ

 ”無意識に互いにのろけてる坊ルク”でお受けしたのです!!!
 でも!!!!!! ごめんなさい!!! 全く、惚気てくれませんでした(爆×100)
 惚気させよう惚気ろよ〜と、かなり頑張ってはみたのですが……! モノの見事に玉砕してしまいました(泣)。
 散々お待たせした上に、この体たらく……。すみません、ごめんなさい!!! ………………もっと精進します。

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