坊 * ヒスイ / 2主 * ティム
あぶく



多くの人間が誤解をしているが、同盟軍魔法兵団長ルックは決して怒りやすい性格ではない。
常日頃から率直な意見を無表情に言い放っているだけであって、 怒っているわけではないのである。
が、しかし。



「ルック。ご飯を食べに行こう」
「……」
「ルック」
「……」
ルックは活字を睨みつけながら、隣でなにかを言っている少年を無視した。

「ルック。聞いてるか?」
「……」
ルックのとなりに陣取っている彼は、再度なにか言ってきたが、ルックは本に視線を落としたまま やはり無視をした。

「ルック」
うるさい。
と、思ってルックは眉間にしわを寄せた。
そしてこころの中で、

(いち)
ひとつだけカウントをした。
何かを我慢するときにはこれがいい、とルックは思っている。
数字をこころの中で数えて自分を落ち着かせる。

「ルック。聞こえてるんだろう。ご飯を食べに行こう。お腹が減った」
(に)
カウント2。
ルックは「お腹減った」とかなんとか言っている隣の彼に、じゃあ勝手に食べにいけ、 とつっこんでみた。
視線は細かい活字のうえ。

「ルック。たしか君、今朝たべていないだろう。きちんと食事をとらないと余計やせるぞ」
(さん)
カウント3。
ルックは放っておけ、と思って眉をひそめた。

「痩せすぎるのもどうかと思うよ、ルック。栄養はきちんとただしく毎日摂取すべきだ」
(よん)
カウント4。
年頃の娘を気遣う母親のようなセリフを言う少年に、ルックは言われなくてもきちんと 摂取している、とおもった。
ルックの隣に座る彼は、淡々とつづけてくる。

「そんなに細いと将来こどもを産むときに大変じゃないか?」
「産めるか阿呆 ―――――ッ!!」
そう、人体の構造上産めない。
いつつめをカウントするかわりに、ルックは読みかけの本を トランの英雄の顔面に叩きつけてやった。
分厚い魔法書を叩きつけられたトランの英雄、ヒスイ・マクドールは、顔からずり落ちてきた魔法書を片手で 支えながらおもいきり眉を吊り上げた。
その額が赤くなっている。
額に直撃したらしい。
あきらかにむっとした顔のヒスイが口を開いて何かを言う前に、

「もうだいぶ前から思ってたけど!!」
ルックは、びし、とヒスイに指をつきつけた。
珍しく大声を出すルックに驚いたのか、ヒスイが赤茶色の瞳を大きくする。

「なんでぼくにちょっかいを出してくるわけ?!」
「いや、なんでって言われても」
妙に冷静な表情でこちらを眺めているヒスイが憎たらしい。
ぶち、とかなんとか、ルックは自分のこめかみあたりで景気のいい音がしたような気がした。

「なんだってそう、あんたはぼくを怒らせることしかしないんだよ!」
「君が怒りっぽいだけだろう。栄養が足りないんだろ。というわけで、ご飯を食べに行こう」
「あーーっもうっ!!トランに帰れ、この暇人!!邪魔なんだよ!!」
「ご飯を食べたら考えてあげてもいいよ」
なおも冷静に「ご飯」にこだわるヒスイは、何を言っても無駄なように見える。
何と言えばこの男にこの怒りだとかが伝わるのだろうか。
ルックは頭突きか何かしてこのあらゆる感情が伝わらないものか、とか考えてみてから自分に呆れて大きくため息をついた。
その隣でヒスイはどこまでも呑気な口調で、

「さ、食堂に行こう。今日はもれなくナナミと食べられるよ。あとティム。よかったね」
立ち上がってルックの腕を引く。
もはや何も言い返す気力も体力もなかったルックは、ずるずるとヒスイに引っ張られて 食堂へと向かった(向かわされた)。



風使いの少年がずるずるとトランの英雄にひきずられていく。
それをやや離れた位置から眺めていた真の紋章を持つヴァンパイアの始祖は、

「ふむ」
そうつぶやいて、口角をわずかに持ち上げた。



「おぬしが怒るから、あれもおもしろがっておるのだろう」
「………なんなの、いきなり」
ルックは心底つかれきった口調でそう答えた。
食堂に強制連行された後、同盟軍軍主とその姉、そしてトランの英雄、というなんとも豪華な 顔ぶれで食事をし、自分の部屋へ戻る途中であった。
同盟軍軍主の姉、ナナミのマシンガントークの餌食となった後は、はっきり言って 声というものを聞きたくなくなる。
ルックは耳をふさぎたい衝動を何とか我慢しながら、彼の前に立ちふさがっている相手にのろのろと 視線を返した。
腕を組んで彼の進路を遮っているのは、ヴァンパイアの始祖シエラ。
彼女は細い肩をすくめてみせた。

「随分とやつれておるの」
「………おかげさまでね。あんた、ずっと見ていただろ。見せ物じゃないっての」
そう言ってやると、シエラは何が楽しいのか声をだして笑う。
ルックは、むっとした。

「そこ、どいてくれる。あの阿呆に引っ張りまわされて疲れているんだけど」
不機嫌に言い捨てる。
シエラは、

「ルック。あれはおぬしを怒らせて面白がっておるのだろう。おぬしはいつも、あれを追い払おうと怒鳴ったり 紋章をぶちかましたりしておるが、怒るのは逆効果だと思わんかえ?」
「ん?」と、こちらを覗き込むようにして言ってくる。
ルックは眉をひそめた。

「どうしろって言うのさ」
「怒鳴るのではなく、別の方法を考えてみてはどうかと言っておる」
「べつの?」
聞き返すと、シエラはこちらに近寄ってきた。そのまま、ルックのとなりを通り過ぎてすたすたと歩いて行く。
彼女は何故だかすれちがいざまに、ほほほほ、とか笑っていた。
笑い声が遠ざかってから、

「妖怪オババ……」
ぼそり、とルックはつぶやいた。
もちろん、口の中だけでごく小さく。
進路を遮る妖怪オババがいなくなったので、再びふらついた足取りで自室を目指す。

(怒鳴るのと武力行使以外の追い払い方…)
廊下を歩きながら、考えてみる。
怒鳴るのは駄目。武力行使も駄目。
と、なれば。

(…どっか行ってください、とか丁寧に頼めとでも?)
却下。
ルックは即座にあたまを振った。
何故にこちらを振り回しているあの迷惑英雄にオネガイしなければいけないのか。ムカつく。

(ウソ泣きとか)
…いまいち効果がない気がする。
自分が女性だったならば、少し期待できるが。

(ナナミかビッキーに言ってもらう、とか)
これは少し効果があるかもしれない。
何故だかトランの英雄は、やたらとナナミとビッキーが気に入っているらしい。
彼女たちからの言葉ならば、少しは耳をかすように思える。
が、しかし。
以後気をつけるよ、とかなんとか彼女たちには『爽やかお手本笑顔』を見せて、翌日にはルックの 隣でいつもどおりに読書の邪魔に励んでいそうである。
その様子が安易に想像できて、ルックは深くため息をついた。
―― あとは何があるだろうか。

(ていうか)
ぴた、とルックは足を止めた。

(なんであれの為にここまで悩まなくちゃならないんだろう)
迷惑英雄撃退法を真面目に考えていたルックだったが、

(くだらない…)
盛大にため息をつき、肩をいからせてずんずんと自室へと 向かった。



翌日。
トランの英雄は、ルックのもとに来なかった。

「………?」
ルックは約束の石板の前で首を傾げたが、毎回毎回じぶんを振り回す 迷惑英雄がいなのであれば、おおいに心労が減るので、胸中でひそかに喜んだ。
石板の前に腰を下ろすと、利き手に持っていた分厚い本を開く。
読み始めてから数分後、ルックの前を、きゃー、と甲高い声を上げて子供が数人走り去っていったが、 特に何とも思わなかった。
ヒスイの妨害に比べればなんのことはない。
ルックは順調にページを繰っていった。
読書の邪魔をされなかったおかげで、ルックは昼前までには昨日、読むのを断念した魔法書を 読破した。
ぱた、と本を閉じると、

「ルックー。ねえねえ、一緒にご飯を食べに行こうよ」
軍主とその姉がルックの前を通りかかった。
声をかけたのは、姉のナナミである。
ルックはすこしだけ眉を寄せた。

「遠慮しとくよ」
「えー。ちゃんと食べなきゃダメだよールックー。余計やせちゃうよ」
どこかの誰かさんと同じことを言われ、ルックは嘆息した。
あのね、とナナミを見上げる。

「勝手に食べに行くから放っておいてよ」
「一緒に食べたほうが楽しいのにー」
ナナミが頬を膨らませる。
楽しいを通り越して疲れるんだよ君のはなしは、とルックは思ったが、 とりあえず声には出さずにおいた。

「ナナミー、もう行こうよ。ルックはひとりの方が気が楽なんだよ、きっと」
弟のティムが気を効かせる。
ナナミは、「つまんないのー」頬を膨らませながらも頷いた。

「仲良しのヒスイさんが帰っちゃって寂しいかなー、と思って誘ったのにー」
「誰と誰が仲良しで、誰が寂しい……って、帰ったの、ヒスイ」
「えー?うん、昨日ご飯を食べたあとかえったよ。知らなかったの?」
ナナミが首を傾げる。

「ふうん」
「じゃあ、ルック。ちゃんとご飯たべてねー」
「はいはい」
ばいばーい、と姉弟は元気よく手を振って食堂の方へ歩いて行く。
その後ろ姿を見送ってから、ルックは新しい本を手にとった。
邪魔が入らなければ、こんなにも時間が有効に使える。
素晴らしい。
ルックは、きのう真剣に考えていた迷惑英雄撃退法を、今度ヒスイがやって来た 際に使用して、是非とも平穏な毎日を送ろう、とひとり決意した。



一週間。
読書の邪魔をするトランの英雄が同盟軍にいなかったため、 ルックは毎日順調に本を読破していった。
食事も、ひとりでとった。
その日、ルックがいつもどおりに本を片手に石板前にやって来ると、

「やあ、ルック」
座り込んで、こちらを見上げている少年がひとり。

「………」
見上げてくる赤に近い茶色の目を見返して、ルックは大きくため息をついた。
そこにいるのがごく当たり前のような顔をして、少年は石板前に陣取っている。
いろいろ、と。
ここ一週間、平穏な毎日を送るべくこの少年を撃退する方法をいろいろと考えていたのだけれど。

(…なんかもういいや、どうでも)
なんだか疲れた気がして、ルックはぐったりとした。

「邪魔だよ。つめて、ヒスイ」
ブーツの先で、腹いせ、とばかりに相手の足を蹴ってやる。
石板前を陣取っていた少年、ヒスイは、素直に横にずれた。
ヒスイの隣に腰を下ろして、ルックは本を開いた。

「ねえ」
本の上の活字を眺めながら、口を開いたのはルック。
隣の少年は「ん」短く返事をしてきた。

「この間、どうして急に帰ったの」
「この間……。
 ああ、君が帰れって言ったんじゃないか」
こちらの疑問にやたらとあっさりこたえてくる。
ルックは「は?」思わず本から顔をあげて、ヒスイを見返した。
あのときは、てっきりこちらの言っていることなどカケラも聞いていないかと思っていたが ―― 。

「なに、それだけで帰ったの?」
「それだけとはなんだ」
ヒスイが眉間にしわを寄せる。
ルックはいよいよぐったりとした。
その隣で、ルックを疲れさせている元凶は、

「なんだ、元気がないな。また朝食を抜いたんだろう。一緒にご飯でも食べに行こうか、ルック。」
気楽な口調で言ってくる。

「ああ、いいかもね」
ルックはどこまでも投げやりにそう返した。


* * *

12345ヒット有難うございました。
月ノ郷杜さまにささげさせてくださいませ。
リクエスト「いつも坊に振り回されているルックが坊に一矢報いようと する」。
大幅にリクエストとズレていませんか、アヅハさん。
そして、無駄に長くないですか。
すいませんごめんなさい。






アヅハアヤさまより

 アヅハアヤさんのサイト(閉鎖)のキリ番12345を踏んでいただきました!
 本当にご迷惑掛けたにも関わらず、キリリクの方お受けいただいてっっ! もう、もう、平身低頭状態でございます!!

 その上、本当に素敵な小説にしていただいてー!
 一風変わった坊さま(…失礼です)も素敵ですが、やはり! 月ノ郷的にはルックがっっ!
 うにゅ〜〜〜v どうして構わずにいられましょうか!
 こんっなに、可愛いのにーーー!←坊さま乗り移り気味
 アヅハさん宅のふたりの淡々とした微妙な関係に、どぎまぎしますv

 アヅハさん、本当に有難うございました!!!


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