坊 * ディオ・マクドール |
エンジェルディップ
「何がバレンタインディのお返しだよ…」 僕は少し憮然として、目の前の男を睨みつける。 だが当人は全く悪びれずに、 「まあまあ。たまにはルックにも息抜きが必要だと思うよ?」 自分の我侭を通すのを、 僕のためだとさらりと言ってのける。 「何がさ。遠征先で酒飲まそうなんて 元軍主が聞いて呆れるね。 熊とか青いのとか大刀ならともかく、 僕は好きじゃないんだ」 そう。あとは帰るだけとは言え… いや、帰ってからならまだ、いい。 遠征に出征した者には1、2日休暇が与えられるから。 なのに何で、まだやることもあるというのに 酒場でコイツに付き合わなければいけないのだ。 泊まり先の酒場の、一番奥のテーブルで 僕はコイツと向かい合って席に付き ブツブツと文句を言っていた。 薄暗い店内に客はまばらでひっそりとしている。 それでも、人が集まるカウンターからは遠いので 声を潜める必要はないようだ。 まあ、大声ならば響くが、 そんな怒鳴り合いの喧嘩をするわけでもなく。 コイツに引き摺られるように連れて来られたのだけれど。 口では不満がついて出るのだが 室内の雰囲気は悪くない。 何が気に入らないと言えば、 相変わらず自分勝手なコイツの行動しかない。 でも、 「ルック、滅多にお酒とか付き合ってくれないから… たまにはルックと飲んでみたいな、なんて」 ねだる目線で、あの黒い深い瞳でじっと覗き込まれると… 断れなくなってしまう。 絶対、わかってやっていると思う。確信犯だ。 そんなわけで…僕は流されるままに コイツと卓を囲んでいるのだった。 「…おいしい」 僕が口にしたのは湖底と浅瀬を思わせる ロイヤルブルーとエメラルドグリーンの鮮やかな液体。 淡く繊細な甘さとさっぱりした口当たりが アルコール慣れのあまりない自分でも飲みやすい。 あまりアルコール類に詳しくない僕の代わりに、 ディオは一つ、二つと聞き覚えのない酒名をオーダーしていた。 運ばれてきたのはカクテル。 「好みにあった?」 顔を覗き込んで問うてくる男の目はどこまでも優しく、 その嬉しげな様子に先ほどまでの怒りがなりを潜めてしまう。 …かなり、悔しいけれど… いつもコイツはこうやって自分の気ばかりを使い、 その度に嬉しそうに柔らかい漆黒の瞳を細めるのだ。 自覚があってやっているのかどうかまでは知らないが、 僕はいつも居た堪れずどうしていいのかわからなくなる。 らしくない、なんて僕が一番痛感している。 頬が熱くなってきて。けれど、 アルコールが入っているだけだと、きっと思ってくれるだろう。 僕は無言でもう一口グラスを傾けた。 カラりと氷の音が響くのが大きく聞こえる。 「…悪くない」 なんて言っても、ディオには本音は伝わってしまう。 その証拠に、 「よかった」 もう一度にっこりと笑ってディオは自分のグラスに目を落とす。 「それ、あんまり強くないから飲みやすいだろ?」 「うん…さっぱりしてる…」 何より、色彩が見ていて楽しい。 手でグラスを弄び、カラカラと音を鳴らしてみる。 「君のはキツそうだけど」 「これ?」 オールドファッショングラスを琥珀色に染めるそれは 見ているだけで度が強そうだ。 「飲んでみる?」 悪戯にグラスを寄せてくるけれど、 「いらない」 即座に吐き捨てる。苦いのは苦手なんだ。 「ルックってお酒飲まないよね」 「好きじゃないんだよ…匂いが」 何より、どうしてわざわざアルコールという分類を選んで 飲まなければいけないのかが理解できない。 水分が欲しいのなら僕は水で十分だし、 わざわざ苦味の浮いた、 しかも確実に後に引くそれに 自分から手を出そうとどうしても思えない。 何より…理性を暈す効用が嫌だ。 あまり機会がないのでわからないけれど、 自分が、自分と言う意識を保ってない時間は 正気で考えるとゾッとする。 よく酔っ払う行為を楽しめるものだと、 それこそ先の会話ではないけれど 熊や青雷の気がしれない。 もう一口、僕はグラスを注ぐ。 きっと僕の考えていたことは筒抜けで、 ディオはにこにこと僕の顔ばかりじっと観察している。 「ちょっと、人のことジロジロ見るのやめてくれない?」 しかも、人が飲食してるところをだ。 悪趣味にも程がある。 「だって、ルックがあんまりかわいいから 目が離せないっていうか…」 …酒臭いのより、コイツをどうにかして欲しい。 ザルだと今まで思っていたが、 本当は酔っ払っているんじゃないか? 「どうしたの?額なんか押さえて」 「言ってて恥ずかしくないわけ?」 少なくとも、こっちは恥ずかしい。 頭がくらくらしてくる… 「もちろん、少しは」 顔色ひとつ変えないくせに照れてたのか? 思わず目を丸くしてマジマジ見つめてしまう。 「ルックが言いたいことはわかるけど」 ディオは少し椅子を引いて、軽く座り直した。 「僕のこれは、地なんだよ」 「その、顔が?」 そりゃ地だろう。 怪我して鼻折ってやっと今の顔になったって、 そんなわけもあるまいに。 「ルック酔っ払ってない?」 アイツが顔を覗き込んでくる。 「何がさ」 「うん…ま、いいけど」 (いつものルックなら すぐわかりそうなんだけど… でも、これも可愛いから別にいいかな) 「は?なんか言った?」 今、ブツブツ何か言っていた気がするのだけれど。 問い返したらアイツは微妙に口端を上げて 「いや?別に何も」 なんて言ってくる。 …さっぱり考えてることがわからない。 首を捻っていると、 不意に彼と目が合って。 あの…目。 なんとはなしに気まずい気がして 僕は黙って残り少ないグラスを飲み干した。 「ルック、目がとろんとしてない?」 からかうみたいに僕の目元に触れてくる指を振り落とす。 誰がそうさせたって言うんだよ…。 「…わからない。鏡もないのにどうやって見ろって言うのさ」 「まあ、そうだけど…もう1個だけ付き合ってよ」 僕のささくれ立った雰囲気を宥めながら ディオはウェイターを呼んで、何やら追加しているようだった。 僕はと言えば…居た堪れない気もするし、 どうでもいいような気もする… 気分がふわふわとして落ち着かない。 瞼はとても重たいのだけれど、 気は妙なほど興奮してると言うか…不思議な、感触。 身体も何だか熱いし、頭がふわふわする… どこを見るでもなくぼうっとしているうちに、 先ほど注文を取っていたウェイターが盆の上に 一つのグラスを乗せ戻ってきた。 それを軽く会釈して受け取り、ディオはついと 「はい」 なんて言って僕に差し出してきた。 「…はいって、僕?」 「そう、ルック」 悪戯な表情をして、 「これが、ホントは一番の目的だったんだけど」 僕はもう拒否するのすら面倒で そのままグラスを受け取った。 ダークブラウンが3重に、綺麗にセパレートになっていて、 その上に真っ白な…生クリームだろうか、これは。 香りからして甘い。 「いいから、飲んでみて?」 ディオはどこか子供のような、無邪気な顔で薦めてくる。 あまりに嬉しそうな空気が伝わってきて 何故か、訝しがるより先に逆らえなくて…。 僕はゆっくりとグラスに唇をつける。 「…どう?」 「………甘い…これ……」 一口飲んでみると、一瞬でまったりとした甘さが広がってくる。 この味は…もしかしなくても。 「チョコレート?」 「うん。チョコレートベースのお酒。 ここらへんでしか飲めないって聞いたから、 せっかくだし… バレンタインディのお返し」 「お返しって…君が強請ったんじゃないか」 そうだ。君からのじゃなきゃいけない、 もらえないなら云々と顔から火が吹きそうな恥ずかしい台詞を 段々重ねに積み重ねて、根負けしたっていうのが真実だ。 お礼がなんとかの話じゃない。 まあ…多分、それは単なる建前。 別に、そんなくだらない行事なんてどうでもよかった。 けれど、そんなもの一つで、 彼があんなに喜ぶなら…そう、思って、 贈った小さなチョコレート。 お返しをもらったりとか受け取ったりとか、 僕にとってそんなこと考えもしていなかった。 「まあ、そうなんだけど。 ルックにだけねだるっていうのがフェアじゃないかなって。 だからこれは僕からのチョコレート」 女子群をうっとりさせるウィンクなんかしながら、 「大好きな人に贈るものだから…ね?」 (ついうっかり僕も唖然と(本当はぼうっと)してしまったが) 「これがカカオリキュール、ブランデー、 クレーム・ド・バイオレットに生クリーム…」 なんてグラスをなぞりながら説明をはじめる。 つうっと目の前を通り過ぎていく人差し指が やけに滑らかに感じられた。 長い、整えられた彼の指先、 感触もよく知ってる…なんて どうしてだろう…頬が熱くなってきて… 顔が隠れるように上手く リキュールグラスを持ち替えた。 じっと、あの目でディオは僕を見ている。 早く飲んでしまわないといけない錯覚がする。 急くように、僕は半ば無理矢理に 甘いカクテルを飲み干した。 足元がふらつく… 「ルック、大丈夫?」 宿の部屋に戻っても、 あの気恥ずかしいような眩暈は治まってくれなかった。 身体がふわふわと浮く感触がして、 合わせて気分も浮き立つようで。 …もしかして、酔っ払ってしまったんだろうか。 ぼんやりとベッドに横たわって考えていると、 ディオがまた、あの腹に一物隠していそうな目で 僕の顔を覗き込んできた。 「はい、お水少し飲む?」 でも、目の前で揺らめく透明な液体への欲求に 僕は素直に腕を伸ばす。 グラスを掴もうとして、 「わ…っ」 つるりと受け取ろうとした指が滑ってしまう。 何とか彼が持ちこたえたけれど、 本当に危なかった。 もう少しで頭から被ってしまうところだった。 …なのに。 なんだか慌てたディオの顔がおかしくて。 「ふ…っ」 どうしてこんなにおかしいんだろう。 高揚した気分そのままに笑い出してみると 止まらなくなった。 一瞬ぽかんとして、それからつられてディオも苦笑して、 彼が水を含むのがわかった。 あれ?と思う間もなく、 身を屈めてその顔が近付いてきて。 「ん………っ」 重ねた唇、水の気配に僅かに開くと 舌越しに心地よい感触が流れ込んでくる。 口移しに水を受け取ってコクりと喉を鳴らせば、 まるで合図のように。 「…っふぁ…っ」 柔らかな舌片に甘く軟く吸い上げられて 僕は身を捩った。 肌の内側をぞくぞくと何かが駆け上がっていき、 微かに残っていたのかどうかわからないけれど、 理性がとろけていくみたいに、 考えられなくなって… 気がついたら、ベッドに押しつけられる体勢になっていた。 ちょっと、いきなり何して…なんて もごもごと唇の中だけで呟いてみても、 ディオの体温がおかしいくらい恋しくて、 僕は腕を伸ばして首に回した。 どうしてなんだろう。 何故か素直に、こうして甘えていたい気分なんだ…。 「結構あのカクテル度数高いんだよ? …知ってた?」 僕の髪を撫でながら、クスクスとディオは問いかけてくる。 そしてかけられる彼の重み。 くすぐったいようで、でも伝わる温もりがとても心地いい。 「…知らない」 身体がだるくて…熱い。 「…君。もしかして下心とかあった?」 そんなこともうどうでもよかったけれど… 聞きたくて、頑張って口にしてみれば やっぱり全く悪びれずに笑いながら 「少しだけ」 なんて答えが返ってくる。 「ばぁか…」 でも、なんだかかわいい。 呟きながら、僕の方から彼を引き寄せくちづける。 彼を真似て、彼の唇を舌でなぞってみると すぐさま立場が逆転してこちらが貪られる。 「は…っ…ふ」 その間に、法衣の結び目が解かれて 腰帯も緩められて呼吸が楽になる。 口付けは場所を変え、 ゆっくりと露わになっていく肌に惜し気もなく落とされる。 耐え切れずに身を竦めてみれば、 一層楽しげに攻められて熱いため息をつく。 意地の悪い丹念な愛撫に、 いつしか息は上がり目尻に涙が伝って落ちていく。 ただでさえ熱に浮かされた身体は より敏感に快楽を絞り取り全てを恍惚とさせる。 快楽の源を捉えられるともう逃げられずに ただ彼の名と赦しを乞うだけ。 何度も何度も引いては返す波に、 僕は恥ずかしげもなく声を上げながら彼を求めた。 何度も繰り返されるキス、その合間に、 「あのカクテルの名前…エンジェル・キスって言うんだって…」 そんなことを耳元に囁いてきた。 「エンジェルキス…?」 ぼんやりと、仰向けに脱力しながら名をなぞっていると、 急に腰を引き寄せられて… ひたりと当てられた彼の熱源。それから… 「ん…っ!ふ…ぁ…っ!!」 身の内をぴったりと擦り上げながら侵入してくる楔。 神経を焼かれながら何とか衝撃に耐える為シーツを掴む。 「ん…あぁ…ッッ」 「うん…天使のキスみたいに甘くて濃厚な口当たりって、 そんな意味らしいよ…?」 荒く息をつきながら、首筋に顔を埋めて彼が続ける。 何度も優しく揺すぶられてその度に意識を飛ばしそうになりながら、 僕はその意味を考えていた。 背筋を撫で上げていく波、 繋がった部分からジリジリ伝わる愉悦、 交互に身体中を満たしていく熱の意味。 それはきっと…堪らなく濃厚でトロトロとした…まるで 「ディオ…っ!!」 彼の肩にすがりつく。首を引き寄せる。 どうしても、浮かんだ答えを彼に伝えたい気がして、 僕は途切れ途切れになりながらディオに囁いた。 ――――――――― 彼は一瞬驚いて目を丸くして、 それからすぐに微笑んだ。 ズキンと、胸と身の内が疼く。 「…僕も、そう思った」 強く抱きしめられる。抱きしめる。 同じ答えが堪らなく嬉しい。 その喜びが一層快楽を掻き立てようと燻る。 より激しさを増した律動に身を浸して。 名を呼んで、口付けて 熱に溺れて、同時に果てて… 気を浅くしながらもう一度口付けをかわす。 後頭部がジン、と痺れて蕩けそうなキスは、 あの濃厚な甘さを思い出させた。 『濃厚な甘いキスって、それ… まるで君とのキスみたいだ…』 な、なんだか…ええと… 不可思議な感じのお話ですみません〜(>△<)ノ |
ちひろさまより
『天間星依存症』(閉鎖)のちひろさんから、200を踏んでいただきましたv リク内容は”お酒”でございます。ちひろさんの坊とルックが、お酒が絡むとどういう風になるのか、凄く興味があったのです〜v←笑え で、いただいたのがこちらです! うにゅ〜〜〜、凄く素敵!!!ですよね! もう、何か…ルックがメチャ可愛い!! 何気に姦計なさる坊さまも好きです! 実は、「こちらは没なのですが…」と仰ってらしたのですが、こんな幸せを月ノ郷だけで味わうのは許される筈がないですよねって事で(苦笑)! ちひろさん、アップ許可本当に有難うございました!!! |