坊 * レイル・マクドール
寒さがくれる、温かさ。



「やっぱりここにいたんだ」

呟いて、レイルは彼のお気に入りの中庭へと足を踏み入れた。
一番大きな木に細い身体を預けて、静かに本を読む少年の姿を見つけて。
ここに居るのはだいたい分かっていたことだけど、やはりその姿を見るとホッとする。
思わず目を細めて、わずかに笑った。


だって、人に会うことをさりげなく避けてきた自分が。
人の多い城に頻繁に通っているのは。

全て、彼に会うためなのだから。



「ルック」



名前を呼んで、静かにルックが背を預けている木へと近付く。
敷き詰められた芝生が、ザッ、と軽く音を立てて、風に揺れた。
そう大きくない音に反応して、ルックが本からわずかに目を離してこちらを向く。
にこ、と笑いかけたレイルの姿を認めるとわずかに顔を顰めて、
「・・・暇人で羨ましいよ」
それだけ皮肉気に呟いて、また本に目を向けてしまった。
代わりに、来るなとか、帰れとかの、追い出すような言葉もない。


一見して、気にも留めてられないという仕草だけど。
ねぇ。それは僕にここにいてもいい、という意味にとってもいい?
このお気に入りの場所を、誰とも共有したがらない君が。
僕にはそれを許してくれたと、思ってもいいよね?

君の隣に腰を下ろして、同じ木にもたれかかっても。
君は何も言わずに、そのまま側にいてくれたから。


それが、嬉しかった。
やっと・・・ルックの側にいられる。




城へ来たら、まず一番に彼の定位置である石版前による。
その場所にいなかったら、この中庭。
どちらもよく吹き抜けの風がよく通る場所だった。

だからこそ、ルックはその2箇所が好きなのかも知れない。




「いい場所だよね、ここ」

よく当たる日差しが木の葉の影に隠れて、いい具合に差し込む。
よく手入れされた、芝生の柔らかさも、心地よく。
・・・・・・風もよく吹き抜ける。
ルックが居れば、レイルにとっては割とどこでもいい場所なのだが。
この場所はそれを抜きにしても、純粋にいい、と思う。






それから、数時間。日はだいぶ傾いてきていたけど。
ルックはずっとこうして本を読んでいて。
レイルはずっと、隣にいて。
本当にいい場所だと思う。
思わず、マントを毛布代わりに、うたた寝をしてしまったほどに。
居心地がいいと・・・思う、けれど。
この時期、長い時間この場所に居ると、疑問に思うことがある。

「ねぇ、ルック。寒くないの?」
「・・・・・・。」

実は、マントではしのぎきれない寒さに目を覚ましたのだ。
夏と違って冬は日差しも弱く、木の葉に遮られてしまうと、ほとんど当たらない。
日が傾き始めると余計に。
この時期、日差しがいい具合に差し込むのは、実は昼間の数時間だけなのだ。
冬らしく冷たくなった風が、よく吹き抜けるのも、日差しがあってこそ心地いいのだ。

「・・・ルック?」
「・・・・・・。」

だが、ルックは本に夢中になっているようで、返事のひとつも返さない。
せかすように、ルックの名前をもう一度呼んで、彼を見る。
彼の細い指は、変わらず本のページをめくっている。
本当に寒くないのだろうか、と思ってよくよく彼を見てみると、細い身体はわずかに震えて、顔も白すぎるくらい白くなっていた。
本に熱中していて、それを寒さと認識していないらしい。
それが余りにも、自らの身体を省みないルックらしくて。
心配で。思わずレイルは、今その原因となっている本を取り上げた。


「・・・何する・・・ン・・・ッ!?」

本を取り返そうと伸ばした手を、優しく掴んで。
文句を言おうとした口を、キスで塞いだ。
塞いだ唇は、やはりとても冷たくて、深く口付けた。

冷えた唇でも、体温を分け合うことで温かくなれるなら。


彼は、自分の時間を邪魔されることを酷く嫌う。
集中してるときなら、なおさら。
あまり強引なことをすると、彼の機嫌を損ねて、しばらく隣にいることを、許してもらえなくなるかもしれない。
それは、とても避けたいことだけど。
でも、それ以上に。寒い思いをさせたくなかった。
もっと、自分を大切にして欲しいよ・・・?



「・・ん、ンッ・・・ふ、ぁッ・・・」
「ルック・・・」
思う存分堪能した唇をゆっくり離すと、ルックの唇から熱い吐息が漏れた。
そのことに密かな満足を覚えながら、レイルはさらに自分のマントでふわり、とルックの細い身体を包み込む。
「いきなり何するのさ!」
包み込まれた身体を離そうと、ルックがわずかにもがきながら、睨みつけてくる。
「ずっとここにいたら、風邪ひいちゃうよ?」
「・・・あんたに関係ないだろ」
「あるよ。ルックが風邪引いたら、嫌だし。」
「それが、関係ないって言ってる」
言っても聞かない上、言葉が返ってくる。
思ったとおりの反応に、レイルは苦笑しつつ思いついた意地悪を言ってみることにした。
「ルックは・・・風邪引いて、僕に看病されたい?」
「はぁ?されたいわけないだろ。バカじゃないの」
「でも、僕はするよ。ルックが嫌だって言ってもね。」
「だいたい、何で僕が風邪引くこと前提に話してるのさ」
「・・・可能性の話だよ?でも、可能性でも僕に看病されたくないなら、さ」
その可能性をなくしたほうがいいじゃない?
「・・・ッ」
そう囁くと、ルックが悔しそうに言葉を詰まらせる。
そんな様子ですら、可愛いと思うから、大切にしたい。
寒さなんかに・・・・・・苦しませると思う?

「ね?だから、部屋で読もう?」
その隙を逃さずに、もう一押しすると、レイルはすっと身体を離して。
本を持って、城内のルックの部屋に向かって歩き出した。
ルックが来るのを待ってるような、ゆっくりとした歩調で。








言いたいことだけ言って、さっさと歩き出したレイルに。
唖然としたような表情をしかめっ面に隠して、ルックは立ち尽くした。
本を読んでた時まで何ともなかった寒さが、急に身体に染み入るようだった。


口付けで火照った身体が、温かいから?
マントで包まれた身体が、温かかったから?

離れていったそれを名残惜しく、思うから?


「・・・寒・・・」


呟いて、ハッとした。
これではまるで、レイルが居ないから寒いと思ってるのと同じじゃないか。

そんなわけはない、と顔を赤くしながらルックは自分の思考回路に腹を立てた。
いつのまにか止まって自分をを待ってるレイルの背中に、ルックは八つ当たり気味に彼が羽織らせていった彼のマントを丸めて、ぶつけた。
「・・・ルッ・・・?」
驚いて振り返り、名前を呼びかけたレイルから、本を奪って一言。
「余計なお世話だよ・・・!」

全部、レイルには関係ないことなのに。
自分がどれだけ寒かろうが、それで風邪をひこうが。


それを現すように、フン、と鼻を鳴らして、自分の部屋に転移した。
ベッドに腰掛け、自分が読んでいたページを探す。
しかし、レイルに邪魔されて分からなくなっていたページは、案外あっさり見つかった。
そのページにしおりが、はさんであったから。
「え・・・」
ルックはしおりは持っていかなかった。あの場所で全部読むつもりだったから。
この本に触ったのは、ルック以外では・・・彼、レイルだけ。
ということは、このしおりは、彼がはさんだ彼のものなのだ。

集中してるのを邪魔されたのは、確かに腹立たしかったけど。
それでも、自分を気遣ってあえて彼が邪魔したのは、分かっていた。
それなのに。こんな、ことまで。
気遣いばかりをしている彼に、呆れたような溜息をつく。

「・・・・・・」

ルックは、しおりをはさんだまま、本を閉じた。


全部、レイルには関係ないことなのに。
自分がどれだけ寒かろうが、それで風邪をひこうが。
・・・読んでる本の頁が分からなくなろうが。
それでも、その関係ないことのために、自身の身体も冷やした彼のために。
きっと後にこの部屋に、来るだろう彼のために。


暖炉で部屋を暖めるくらいはしてやるか。
そう思った。だから・・・。


「早く、来なよ・・・」

そう呟いた、ルックの口元には、呆れと共に少しだけ笑みが浮かんでいた。






END



サイト2周年記念&日頃お世話になっているお礼に、月ノ郷杜さまへ捧げますv
リクエストは「ほのぼの坊ルクでキス」だったんですが、なんかキスがあまりメインじゃないような・・・?
ぎゃ、すすすすみません!!(土下座)
しかもいつも通り、ベタベタに甘くなってしまいましたが、どうしましょう・・・(聞くなよ)
こんなものをお捧げしていいのでしょうか・・・(汗)




弥生梨衣さまより

 こちら、サイト二周年記念のお祝いにと、梨衣さんから頂きましたv
 ええ、書いてくださると聞いて、「なら坊ルクほのぼのキスでお願いしますv」と、遠慮も何もなく返したのは月ノ郷です。流石に、以前もイラストを強奪した身としては再び貰いっぱなしも如何なものか…と、交換にしてもらったのですが(苦笑)。←そのくらいの分別はあるらしい

 自分の身を顧みないルックを何気に諌めながら、ちゃっかりおいしいとこ取りする坊さまも素敵ですが、自分の想いを認められなくて、どうしても依怙地になっちゃうルックがメチャ可愛くて大好きですvv
 あぁ、ルック可愛いよ〜〜〜vと、悶々としております!
 本っ当に有難うございました、梨衣さん!!


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