坊 * シアン・マクドール |
Cut and Cut?
「髪が伸びたようですね」 トレードマークのバンダナを外した黒い頭を見て、マッシュが言った。シアンが邪魔そうに髪をかきあげていたのを目撃したせいもあるだろう。 「ああ、うん」 言われて、彼は自分の髪を引っ張った。思ったよりも短かったが、それでも確実に邪魔になる長さになっていた。普段はバンダナに押し込んでしまっているから気がつかなかったのだ。 「お切りになったら?」 「そうだな」 真の紋章を宿してから成長が緩やかになったのと同じく、髪や爪が伸びるのも遅くなった。そのせいで、つい忘れてしまっていたようだ。 それに、幼い頃から髪を切ってくれていたグレミオはもういない。無意識に考えないようにしていたのかもしれない。 誰に切ってもらおうかと考える。 クレオは、ちょっと不安だ。野性的な髪型にされてしまうだろう。 パーンは問題外だ。想像を絶して危険すぎる。 マッシュは……。 目の前の軍師を見上げる。 (頼めないな) こんな真夜中にわざわざ就寝中のリーダーのところに署名をもらいにくる超多忙な人間に「髪を切ってくれ」などと頼める神経をシアンは持ち合わせていない。マッシュだったら生徒の面倒をいろいろと見ていただろうし、散髪だってきっと上手だろうが。 「誰に頼めばいいかな」 気になり出したら、とたんに鬱陶しくて仕方がなくなった。すぐにでもどうにかしたい。 「そうですね」 マッシュが署名済みの書類を受け取りながら応える。 「ヒマで器用そうな人に頼んでください。あと、信頼できる人物に」 野菜スープを飲もうと少しだけ顔を傾けたら、ぱらりと髪が落ちた。 仕方なくスプーンを置いて、耳にかける。 そしてもう一度、顔をうつむかせ。 ぱさりと。また髪が落ちた。 ため息をついて、ルックはスプーンを置いた。 忌々しく、自分の朽ち葉色の髪をつまみあげる。いつの間にか、中途半端な長さになっていたようだった。 (切らないと邪魔だな) わかっているが、どうしようかと悩む。 魔術師の島にいたときは至って大雑把だった。 自分に向かって威力を落とした切り裂きを放っていただけ。風がルックを傷つけることはなかったし、失敗したとしても、伸びるまで放置していればよかった。 なにせ師は盲目、帝国の使者は年に一度である。 必要があればグレッグミンスターまで赴くこともあったが、それだってたかが知れている。 どうとでもごまかしが効いたのだ。 だが、この本拠地ではそうはいかない。 解放軍も一年ともなれば、人の出入りだって多い。ルックは魔法兵団長で、いやでも目立つ立場にある。 いや、それ以上に失敗したら。熊や放蕩息子や、なによりも軍主に何を言われるかたまったもんじゃない。 こうなると誰かに切ってもらうしかないだろう。 でも、からだに触れられるのは嫌いだ。 それが手だろうが爪だろうが、髪だろうが。たとえ服地越しだって嫌だ。 どうしよう。 自分の髪を引っ張って睨みつける。どうせ成長できないのならば、髪の時間だって止めてくれれば良かったのに。 「何、恐い顔をしてるんだ?」 思っているところで、気配もなく声をかけられた。こんな芸当を普段からしている人間など、ひとりくらいしか心当たりがない。 「何か用?」 「いや、朝食に来たらルックがすごい顔で目の前を睨みつけてたから。……て、髪?」 シアンからの質問に答えずに、ルックは黙ってスプーンを取り上げた。中断していた食事を再開しようとして。 ぱさり。 やはり落ちた髪に、軍主の視線が止まり。 しばらく後に彼は笑顔で提案したのである。 「髪を切らないか?」 *** ハサミが仕事をする音。 「言っておくけど、初めてだからね」 「それは何度も聞いたって」 「失敗しても聞く耳は持たないからね」 「大丈夫大丈夫。そうなったらバンダナで隠すから」 「それって、僕がわざわざ切ってやっている意味がないじゃないか」 口からこぼれるのは文句ばかり。手は器用にハサミを使いながら、椅子に座った人物の髪を丁寧に切り落としていく。 「あ」 「……ルック?」 「……なんでもないから」 どう考えても不自然な沈黙は、なんでもなくはなかった。 黙り込んだシアンに対してルックは一言。 「気にしないんだろ」 「まあ、そうなんだけど」 どうせ切ってもらうのならば上手にやって欲しいというのが本音だ。 反応にルックは不機嫌に呟いた。 「だったら最初からそういうのに慣れてそうなやつに頼めばいいだろ」 「一番ヒマそうだったのがルックだったんだよ」 しゃきん、しゃきん。 「なにそれ。だいたい、城のどこかに床屋ぐらいあると思うけど」 「あのねえ」 首を動かすと危険なので、顔は正面を向いたまま。どこか穏やかな笑みを浮かべて。 「髪を切ってもらうっていうのは、けっこう勇気がいることなんだよ」 「……おかしな髪型にされないっていう?」 論点がずれた応え。苦笑しながらも、終わるのを待つ。 どうしたらわかってもらえるのだろう。 ちょっとだけ思考をめぐらせ。 ひらめく。 うーん、どうしよう。かなり効果的だけど、嫌われそうだし。でも。 反応を見てみたいから、まあ、有りか? 「はい、交代」 声に促されて立ち上がり、居場所を入れ替える。首と肩を覆うようにかけていた布を外して、目の前の少年に巻いてやる。 そういえば、誰かの髪を切るなんて初めてだ。貴族に生まれたシアンには、自分の髪を切った経験すらもない。 わくわくした気分を味わいながら、ルックの髪に触れる。本人の気性を映したような真っすぐで艶のあるそれは、指からたやすく逃げてしまう。 「もったいない」 「何が?さっさと終わらせてよね」 顔など見えないのに、想像できる不機嫌な表情。 「はいはい。でも、切るのもったいないな。ルック、髪、伸ばさない?鬱陶しいのは今の時期だけだし」 無音で気圧が下がった。 苦笑して、改めてシアンはハサミをそうっと入れる。わずかでも失敗すれば、とたんにこの魔法使いは不機嫌になるだろう。 それにしても、解放軍に参加してからルックは髪を切っていないはず。なのに、ほとんど伸びたようには見えない。普通の人間では考えられない程度だ。 「一年で、このくらいしか伸びないの?」 「僕はずっとそんな感じ」 あんたは、まだ、真の紋章の効果が完全ではないから。もう少しは早いんじゃないの? 「そんなものなんだ。あ、ルック、ちょっと動かないで」 反射で首を動かしかけた彼を制して、櫛で梳いて長さを確かめる。 「どう?」 「悪くないんじゃない?」 「それは良かった。そうそう」 襟足にややかかる程度の髪を救い上げ。 「さっきの話」 「なんの話」 「どうして、髪を切るのは信頼できるひとじゃないといけないかっていう」 「ああ、あれ」 頷いた彼の、あらわにした細い首。 ルックが何か言う前に。 すいと腰を屈めて、顔を寄せて、耳元で囁く。 「こんな場所、そうでもなきゃ曝せないだろう?」 そしてそのまま、白すぎるそこへ軽くくちびるを落とす。 「なんたって、急所なんだから」 触れるだけのキスに、そこは見る間に赤く染まって。うかがうことのできない表情を想像するだけで、なんて楽しい。 さあ、次は何が出る? お得意の切り裂きか、照れ隠しの怒鳴り声か。 それとも……? もう出会って一年も経つんだから、こうできる機会があるくらいの信頼と。 進展くらいあったっていいんじゃないかと望むのは、わがままですか?という話。 |
宮古さんのサイトで1周年記念フリーになっていたのを、さくさくと頂いて参りましたv 宮古さん宅の坊さまは自然体で格好良く、生意気なルックさんが案外にズボラで酷く好ましいです! 切り裂きで髪切っちゃうルックとか、メチャ好きっ! こちらのふたりは淡々とした風に見えるのに、ふっとした瞬間に見せる仄かに香る甘さにドキドキします。 今更ですが、宮古さん一周年おめでとうございましたv と、素敵な小説も感謝でございます! |