坊 * レン・マクドール |
大樹
彼と再会した。 街道の真ん中で。 旅人がその旅程の目印に使う大きな木の下に腰掛けて、ぼんやりと空を眺めているところに遭遇した。 本当は違う。彼には言わないことだが。 数日前にとある用事でこの付近の街を訪れ、彼の痕跡を見つけた。それを辿って探し当てたのだ。 常人にはない移動手段と、その能力があるからこそできる技だ。彼から探し当てることは恐らく無理だろう。 少し不公平かなと思う。だが、彼に言わせると僕から会いに行けない事の方が不公平だよ、ということになる。 先触れは送った。いくらか意地悪なやり方で。 彼の前に現われると真っ先にやっぱり、と言われた。 「君と同じつむじ風だったからね」 ふん、と答えると、笑った。ずっと探していた彼の笑顔。 そして抱きしめられた。 「会いたかった」 僕もだと言いかけて飲み込んでしまう癖は直らない。 代わりにその背を抱いた。 「いつまでいられる?」 「明日には戻らないと」 短いね、と悲しげに呟いた彼の顔を見るのが辛い。 でも、短いだけの逢瀬なら会わない方がいい? そんなことはない。たとえ一瞬でも、次に会うまでが気が遠くなるほどでも、君に会えるということが僕の理由になるから。 その答えに、背中に回した腕に力をこめた。 最初に戻ってきたのは聴覚だ。小鳥の囀りとさやさやと木の葉が揺れる音。 まどろみの心地よさに暫し意識を預けていたが、閉じた目蓋を通しても真白く感じる光の強さに眉を寄せた。恐らく太陽の移動と共に木洩れ日の位置が変わったのだろう。腕を上げて遮ろうとしてその左肩が上がらないことに気づいた。 右手を翳して差し込む光を調節しながらゆっくりと目を開くと、柔らかな髪の色が目に映る。 「……ルック?」 ひっそりとした呼びかけに答えたのは、微かな寝息。頭から見下ろすしかない寝顔をただ眺める。 本拠地に帰り着く早々、留守を預かる軍師殿に捕まった同盟軍のリーダーは溜まった事務作業にと駆り出され、自ら招いたトラン共和国からの友人には「まだ帰らないで下さいよ〜」と言い残していった。まだ何処かへと出かけるつもりでとりあえずの帰城だったらしく陽も高い。それだけに軍師も遠慮なく仕事を押し付けてきたのだろうが、同盟軍の城にいても特にすることもないレンにとっては時間を潰す手立てを考えなければならなかった。こんな穏やかな日は湖で釣りも良いかなと思いつつ、どれだけの時間を待つのかもわからない。結局は城の中にいた方が良いのだろうと、人目につかない庭の隅を選んで木に凭れて昼寝を決め込んだ。それからどれだけの時間が過ぎて、そしてどんな経緯をもってルックがここにいるのか。疑問は尽きなかったが、左肩にかかるその重みは嬉しかった。 風の流れに木の梢が歌う。それに合わせて踊る木の葉の陰、零れる陽射しは穏やかな時間を引き立てて、このまま時が止まれば良いと切に願う。既に時の止まった我が身にこれ以上の変化はいらないとあさましい願いを持っていることに気づかされる。 それも今この瞬間だからこそ貴重だと言うことを誰よりも知っていた。 大地に根を張った木が流れる雲を見上げて羨むように。 けれど、その雲のように傍に置くことの叶わないルックがレンの隣を選んで眠りについたことだけは間違いなく。 目覚めれば、ルック自身は決して認めないだろうその事実を思って笑みを浮かべる。 君が隣にいてくれさえすればいい。 ただそれだけのことに満たされる想いをどうやって伝えよう。 目覚めるその時が待ち遠しく、眠りを妨げることも厭われて。 視界の中で動きを見せるのは白い頬に落ちて揺れる木の葉の陰と風に弄られる癖のない髪の毛だけ。 やがて。 わずかな身動ぎと共にその目蓋が開かれる気配を見せる。 静かに見守る中で、ゆっくりと開かれた瞳は前方を見つめた後、徐に上向けられた。目覚めの湿り気を帯びた瞳はレンを映しながらその頭上にある深緑も映して息を呑むような光彩を持っていた。 自然と絡んだ視線に気を取られていたレンは、ルックの手が自分の頬に伸びていたことにそれが触れてはじめて気づいた。 繊細な指先はふわりと頬に触れて、そして……。 「――――――っ、痛たた……」 抓ってきた。 「ルック……??」 訳がわからず見返すと、どこかぼんやりとしたそれでいて真剣な表情が訝しむように訊ねた。 「……痛いの?」 「当たり前だよ」 「そう……夢じゃないんだ」 手を引きながらそう呟いた。そして「夢だったんだ」と小さく付け加えた。 「ルック?」 寝惚けていたんだろうか?そう思い再び呼びかける先で、ルックは体重を感じさせない身のこなしで立ち上がった。目線で追いかけるレンを振り返ると気まずそうに眉を顰める。 「人の寝顔を見てにやついているからだよ」 言い終えるなり、法衣の裾をはためかせて消えた。 唐突にその姿が消えた空間を眺めながら、まだわずかに疼く頬に手をやる。 捨て台詞が彼なりの照れ隠しであったことはわかる。指摘した内容を否定できないのも事実だ。そして、彼が残した痛みは確かに今までのことが夢でないと告げている。 (夢じゃないんだ) それならばルックの夢の中にレンはいたということだろうか。どんな夢なのか知ることが出来ない以上、自惚れることは出来ないかもしれない。けれど、この想いは伝わったと信じたい。 背にした木の枝が風にざわりと揺れた。 ゆうるりと覚醒する感覚に不快を感じる。 開かれた視界に飛び込む光の多さがわずらわしく、そこに待つ現実を知るともなく知らされて。 大木の下に一人きり。 腕に抱いたはずの温もりはなく、背中に回された腕の優しさもなく。 目覚めの虚しさばかりを噛み締める。 夢と知っていたならば。 そうだとしても目覚めないわけにはいかない。 叶わずに消えた儚さを抱いて立ち上がった。 それでも彼は会いに来てくれたのだ。 例え一瞬でも、幻でも、一夜の夢でも。 君に会えるという約束が、この長い旅路の道しるべになる。 だから、歩き出そう。休息の時間に終わりを告げて。 仮の宿としたこの大樹に別れを告げて。 遠ざかるひとつの人影を、一本の大樹がいつまでも見送っていた。 2001.7.27 どこかで読んだような話ですみません。要するにこれが私の二人の関係なんです ……。 |
SAKIKOさんから相互リンクの記念にいただきましたv SAKIKOさんの坊とルックの関係…凄く素敵ですよね! ちゃんとふたりとも、自分達の足で立ってて……。それなのに、互いに想いあってるのはちゃんと伝わってくるんです!! 本当に理想なんですよー! |