例えば こんなふたり − 番外 「花、見に行こう?」 誘うと、渋々といった態ながら頷いてくれたから。 促すように半歩前を歩く。 本当は並んで歩きたいけど、そうすると綺麗な顔に微妙な表情を浮かべるのを何度も見たから…しない。 「どこ行くの」 「屋上の庭園。ミルイヒが新種の薔薇が満開になったから、是非見に来てくれって……どうしたの?」 気付けば、ルックの歩みがピタリと止まっていた。 「……あそこ、煩い」 綺麗に弧を描いた柳眉が、心底嫌そうに顰められる。 「大丈夫だよ? ルックがそう言うと思って、僕等以外は立ち入り禁止にしてもらってるから。このくらいの役得がないと、やってられないからね」 「そんなことに権限使ってんじゃないよ」 憎まれ口を叩きながらも、ホッとしたのかわずかに肩が落ちて。そんな人ごみに慣れていない様に、愛おしさが募る。 ―――と、 「ったら〜」 どこか媚を含んだような声音が、耳もとに届く。それはルックにも届いたようで、再び歩みが止まった。 屋上までは後、二歩分という微妙な距離。 だったら、この声は何処から? と、嫌な予感に襲われる。 「ーぁあん」 「「………」」 立ち入り禁止ってしといてくれって、あんっなに言っといたのに。っていうか、此処に続く階段の脇に衛兵くらい立てといて欲しかった。 見るまでもなく、コトの真っ最中だろうなぁ、あの声は。 我知らず赤くなる顔を隠しつつ、「どうしよう」とばかりに、半歩後ろで同じく歩みを止めているルックを振り返ろうとした、途端。 小さな影が、さっさと目の前をすり抜けた。 えっと思う間もなく、 「こんな場所で盛るの止めたら」 高めの声音が、淡々と響き渡る。 「獣並じゃないか」 毅然と言い切り、凛と立ち尽くす背筋が綺麗で、つい見惚れる。 きゃっとか、あわわっとか、ごそごそとか、ごつっとか。慌てて何かを拾い集める衣擦れの音とか、耳に入ってくるそれらだけで、屋上に居た不埒者等の慌て振りが解って、そんなこと思う必要もないのに申し訳ないような気がしてくる。 だけど、恐らく静かに怒っているんだろうルックを思うと、そんな他人のことどうでもよくなってくるっていうのも、本当だ。 身に着けたというよりは、引っ被ったといった有様の男女が屋上から飛び込んできて、僕を認めた刹那、ぴしりと固まった。 「朝と昼と夜、規定の場所に貼り出してる掲示物には目を通すように」 腕を組んでわずかに口端だけを上げて告げると、平伏さんばかりに深くお辞儀をしたふたりは次の瞬間、脱兎と化した。 「……あんな格好で人前に出る気なのかなぁ」 まぁ、いいけど。 暢気に呟きながら屋上へ上がると、些か不機嫌なルックが迎えてくれた。 「で、どうする?」 見たくもない人の情事を見せられて、今更花を愛でる気になれるのかって意味だろう。 「あっ、あ、うん」 確かに……花を愛でる気には、なれなかったけど。 じっとこちらの意を窺い見る翡翠を、見返す。流石に、人の情事の最中を見たのが恥ずかしかったのか、目許がほんのりと赤味をのせ綺麗に染まっていて。 鼻腔を刺激するほんのりと立ち上る甘い香りとに、背筋がぞくぞくと刺激される。 流石にヤバイかも、とは思ったけど。頃合いよろしく、今現在この場には人気もないし指し当たっての支障はない、んだよね。 「何?」 いつまで経っても何の返答もしないのを訝しがったルックが、首を傾げて見上げてくる。無意識だろうこの仕草が、今の状態では決定打になっちゃうんだけど。 獣並みか、言い得て妙だと内心苦笑しながら。 「獣って呼んでいいから」 今、ここでさせて? と、耳もとでこそり囁くと、ルックは 「はっ?」 と予想に違わず見事なまでに固まった。 「場所なんて関係ない」 それが好きな相手だってことだけで、容易く欲情する。 「え…?」 「僕は、」 未だ要領を得ない風なルックの隙を突くようで…というか、確実に突いてる状況に後で怒られるかなと思いはすれど、今更抑え切れなくて。 「ルックにだけ、獣になるよ?」 咲き乱れるほんのりと桃色に染まった薔薇の花弁よりも、余程綺麗に色付いた唇にそっと触れた。 …… end
|