万華鏡
覗き込む度に、その姿を変える。 交易を生業とするゴードンから「珍しい品が入った」と言われ、店に顔を出した自分に、差し出されたのがそれ。 「……なんだ、これ。ただの筒?」 長さは掌からはみ出るし、握り込むには手の大きさが足らないという円柱形。 「まあ、いいから覗いてみなって」 グレッグミンスターに居た頃、女の子に何か珍しい物を贈る為に何度か顔を出してたから、ゴードンは未だに珍しい物が手に入ると、いの一番に声を掛けてくる。 言われた通りに片方の硝子がはまっている方に目を当ててみた。 「おっ!」 色とりどりの目にも鮮やかな文様。 「振って覗き直したら、又変わって見えるんだ」 言われ、一度目から離して振ってみる。そして、再び―――。 「ぅお、マジだ」 小さな筒の中で繰り広げられるそれに、正直感嘆する。中に入ってるのは…小さな色の付いた硝子球? それが、筒を振る度に、どういう仕掛けになっているのか、様々な型を作り、目を惹き付ける。 「同じ文様に並ぶことはないんだそうだ」 「へー……」 こんな小さな空間内で。 中に入っているモノが変わることなどないのに? そんな事、有り得るんだろうか……。 これを、あいつに見せてみたい。 「どうだい?」 熱心に魅入っていた俺に、ゴードンは尋ねてくる。返される答えなんて多分この男はお見通しなのだろう。そのくらいには、長い付き合いだ。 「いくらだって?」 早速、値段交渉に入った。 「有り得ない」 返ってきた答えは正しく想像したとおりで、苦笑が漏れる。 「まあ、俺だってそう思ったんだけど?」 そう言いながらルックの手を取り、それを掌に乗せる。 「覗いてみるだけ覗いてみな?」 結構感動するから―――そう言って、受け取った掌ごと胸許に押しやる。 「…………こんな子供騙し」 「いいからって!」 覗いてみろ…と言って、背後にまわってからルックの目許にそれを押し当てる。 一瞬、抗おうと捩られた身体は、しかし―――次第にゆっくりと弛緩していった。 「な……綺麗だろ?」 耳許でそっと囁くと、余程それに魅入っているのか、答えが返ってこない。何かに没頭とか集中すると、至極こいつは無防備になる。 まるで、子供みたいに……。 「回して見たら、又、文様変わる」 言いながら、それに携えた手でそっと回してやる。 「なっ? 綺麗だろ」 再び、問う。 ルックにどうしても綺麗だと言って欲しかった。 自分が綺麗だと感じたものを、こいつにもそう感じて欲しかった。 暫くして、 「うん………」 囁くように返されたそれに、にんまりとしてしまう。 同じものを見て、同じように感じられるのって凄く単純かもしれないけど、至極嬉しかったりする。 俺とこいつは、見てるものは一緒なのに、その意味自体が違うような気がするから……。 ルックがそれに手を添えたのを確認してから、自分の手を離す。 そして、そのまま背後から抱き締める。 「だったらさ、ご褒美くれる?」 「…………何を」 「俺が、欲しいもの。解かるだろ?」 そう、耳許で囁くとぴくりと身体が震えた。 「冗談…っ」 「大丈夫、本気だから♪」 快楽に弱い躰は、触れると容易く陥落する。 「何、餓えて―――」 「俺はね、いつでもルックに餓えてるの」 法衣の脇から、そっと指先を滑り込ませる。薄い生地越しに俺の指の動きを敏感に感じ取った躰が、微かに強張る。 「…シーナっ!」 「本当、感じやすいよな〜vv」 煽るように言ってやると、首筋まで羞恥の朱を刷いて、こちらを睨み付ける為に、顔を巡らせようとするから……。 そうはさせまいと、その首筋に唇を落とした。 熱に浮かされて潤んだ翡翠の瞳は好きだけど、勿論そうじゃないときの深い瞳の色も好きなんだけど…………どうせ同じ睨みつけられるんだったら、前者の方がいいに決まってる。 こちらの欲をも煽る―――熱を孕んだ瞳。 「なっ? 一緒に堕ちよう」 想いは、基よりここにはないのは知っている。 抱いてる時でさえ、遠い心。 きっと……近いうちに離れてゆく身体。 ―――だから…今だけは、俺のモノで居て。 そんな風に思うのなんて、俺らしくないのかも知れないけど。 「……っあ、」 ルックの核心に触れると、微かに漏れる嬌声。 こいつの初めての男が俺だって知ってる。俺だけしか知らない躰だってことも知ってる。 だけど、与える快楽に素直にその身を委ねるこいつが、俺に抱かれているってことを、今この時でさえちゃんと認識しているのか――そう問われたら。 云と答えられないかも知れない。 だから―――。 「ルック、名前呼んで?」 「っん、あ…………?」 熱に浮かされた意識に、囁きかける。 「呼んで、俺の名前…」 俺の囁いた言葉の意味を把握する為か。 何度か瞬きを繰り返して、焦点を結ぼうとするその様が……。 愛しくて嬉しい反面、あぁ、俺って女々しいな…と自嘲させる。 格好つけて、「身体だけの関係でいい」と言ったのは俺なのに。 それでも、その心まで求めてしまう―――。 「――――ック」 愛しいと……だから触れるんだ、と。 そう告げたくて。 だけど、そうしたら、傷付くのは俺じゃないから。 「ィ…ーナっ?」 呼ばれた名が、自分のものであるのが、単純に嬉しい。 「ルック」 きっと、俺と寝たことのある女がこいつの名前を囁く俺の声音を聞いたら、仰天するんじゃないかと思う。こんなに思いを込めて人の名を呼んだことなんて、産まれてこのかた、……ない。 他の女に愛を囁いていた時でさえ、ルックの名を呼ぶほどまでに愛しさを感じたことなんか、ない。 俺のモノにはならないって、解っているのに。 「ルック……」 触れたままのそれを、ゆっくりと扱いてやると「―――っ、ぁあ」小さく漏れた声に恥らったのか、きゅっと唇を噛み締めた。 「唇―――傷になる」 そう言って、唇に指を這わせながらも、ルックにそうさせる様仕向けただろう手の動きはそのままに。 「…や、っ」 指でやんわりと、噛み締めた唇を開かせると、涙に潤んだ翡翠が睨み付けてきた。 その熱を孕んだ瞳。 乱れながらも、どこかで冷めてる瞳。 その、全てに…………煽られる。 ルックが、ルックであるという全てが―――俺を酔わす。 ルックを捕らえた手の動きを、緩急をつけて、ただただ……その解放を促した。 「…っ、あっ、あぁ―――」 一際、高く響く嬌声。 抑える術を奪われ、荒い息を吐き出しながら、胸を喘がせるその様。 「――やっ、」 呼吸を整える暇さえ与えずに、その秘められた処に指を宛がうと、未だ慣れる様子のないそこが異物であるものの進入を阻むかのように強張るから……。 ゆっくりと弛緩させるように、受け入れさせる為に指を蠢かせた。 いくら何度目かの行為になるとはいえ、本来そういう目的では使用される筈のないその内は、受け入れを拒絶するかのように狭くきつい。 それでも幾度か、慣らすように浅く出し入れを繰り返す。 そして、痛みを少しでも散らそうと、あちらこちらに触れ快感を呼び起こすと、貫いた時の痛みに強張っていた華奢な身体は、次第に弛緩してゆく。 何度身体を重ねても、こういう行為に慣れる事のない身体は、まるでこいつと俺の縮まることのない距離をそのまま現しているようで……。 一層、何度も求めてしまう。 求めれば求めるほど…。 抱けば抱くほど…。 心はその分遠去かって行くかのようで。 だったら、抱かなければいいのに―――そう思う自分も確かに居るのに。 でも、それじゃあ、こいつの側には居られないんだって事も解かってるから……。 取り留めのない、意味のない逡巡。 ―――答えの得られないそれ。 身体はこれ以上もなく猛っているのに、頭のどこかでは冷たく冴えていた。 ふっと、視界の端を掠める、ルックの白い腕? 何かを求めるその手。 その手の伸ばされた先を確かめたくて、視線を微かに移動させると、そこには寝台に雪崩れ込む前に取り上げた万華鏡があった。 寝台脇に置かれた台の上にあるソレに、身を穿たれながらも白く細い腕を伸ばし、掴み取ろうとする。 …………こいつが求めているのは、何? 具現化したその硝子の固体に求めるのは…。 その手で掴もうとしているのは、失くした―――何か? 駄目だ―――っ。 不意に訪れる恐怖。 それを手に入れたら、こいつは俺の手からその身をかわして往ってしまう。そこは……きっと、俺には辿り着けない。 「―――――あぁっ、…やっっ」 一層彼の奥を求めて穿つと、その反動で伸ばされていた手が、ルックが掴み取ろうとしていた小さな円柱形のそれを弾き飛ばした。 カラカラと、それが転がってゆく音がやたらと耳に響く。 どこか遠くて、乾いた音。 「…あ……っ」 掴み損ねたそれを、それでも掴もうと伸ばされた腕。 その腕を荒々しく引き寄せて、背中に回させた。 こいつが、何を求めているのかは知らない。 ただの硝子玉を内包した円柱形のそれに、何を重ねて手を伸ばすのか……俺には解かり得ない。 きっと―――ずっと。 荒い息と嬌声を零す朱色の唇に誘われるように、口付けた。 想いが伝わらない、伝える事の叶わない狂宴。 それでも…いいから―――と、思った筈なのに。 転がってゆく―――閉じ込められた刻が。 その内を……覗いたら、そこにはどんな世界が内包されてるのか。 きっと…………俺には、辿り着けない。
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