遠慮なく視界に入り込んでくるのは、真っ赤な胴衣と緑のバンダナ。 相変わらず、何を考えているのか解らない表情は、まだ記憶に新しく。 星見が魔術師・レックナートの弟子であるルックは、刹那己の目を疑いたくなった。 非日常のはじまり 「……ルック」 どこか聞き覚えのある捉えどころのない声音で名を呼ばれて、ぎょっとした。咄嗟に視線を向けた先には、以前見知ったあの男。そう、その時はこいつは帝国の使者だった。 だけど、今……この場に居て、レックナートさまに声を掛けられてるって事は。 「………天魁星って」 こいつなのか―――ッ?! 口の中だけで零して、呆然とする。 いなくなっては困ると言いながらも、どこか楽しそうにしていたレックナートさまの態度が、この時になってようやっと理解できた。 「〜〜〜〜〜〜ッ、」 僕がこいつに苦手意識を持っているのを知りながら、何で前もって教えてくれなかったんだ。この場に他に誰もいなければ、そう詰め寄っていただろう。 だけど。 『だって、不意打ちは楽しいではないですか』 そう言ってコロコロと笑う姿まで易々と浮かんできて、さっさとひとり帰ってゆく師の姿にがっくりと肩を落とす羽目になった。 ガランとした場所に石板を移動され、ほっとする間もなく 「レックナートさま」 僅かばかり語気を強めて師の名を呼ぶ。 弟子の呼びかけだろうと何だろうと、師なら確実に来る。 この現状を面白がっているだろうから。師は、自分の欲望には忠実だ。 案の定、慣れ親しんだ魔力の波動を感じると共に。その一瞬後には、目の前に師の姿があった。 「何ですか?」 微笑まれて、思わず睨み付けてしまう。 「……ご存知だったのでしょう?」 問い掛けはしたが、それは確信だ。 「何のことですか?」 質問の内容が解っているだろうに、それでも首を傾げて訊ねてくる。僕が気づいているだろうことも知ってながらの所作に、それでも煽られてしまう。 「アレが、天魁星だったってことです!」 「あら? 言ってませんでしたか?」 「聞いてません! あんっなのが、天魁星だなんて!!」 聞いていたら、覚えてない訳ない。初めての邂逅から、僕にとってあの男は怪異以外の何者でもない。 「あら…そうでしたか」 それが何か? と逆に聞かれ、思わず口ごもる。 「それでも、星の任を降りる気はないのでしょう?」 「……ッ」 誰が天魁星だとか、天魁星を宿した者が何を望み何を手に入れるのか、だとか。 それに連なる戦火が、どういう意味を持つのか…だとか。 そんなこと、僕には関係ない。 僕にとって何よりも優先されるのは、天魁星が現れその星のひとつに選ばれたという―――事実のみ、だ。 「………本当に、アレが天魁星なのですか?」 それでも、何かの間違いであってくれたら…との意を込めて師を見上げれば。 「ええ、彼が天魁の星を担う者です」 あまりお目にかかれない真面目な表情のレックナートさまの姿に、僕に対する嫌がらせの類じゃなく、本当なんだ…とばかりにその真実を思い知った。 だけど、絶対に! 師はこの状況を面白がってるって事だけは、言い切れる。 たまには菓子を作りに戻ってきてくださいねv という師に、恨みがましい視線を向けながらも見送った。 何度目かのため息の後、憂鬱の元凶である天魁星・トウが姿を見せたのに、ルックはその場を立ち去りたい衝動を抑える。 「ルック」 「………何、か用」 言葉尻が上ずってしまうのに、舌打ちしたくなった。苦手意識が刷り込まれたよう、だ。少なくない期間、共に過ごさなければならないのに、ずっとこんな調子なのか…と、正直うんざりする。 「ルック」 「だから、何」 名を呼ぶだけで、一向に用件を述べない男に苛立つ。 「用がないんなら、近寄らないでよ」 物言いが冷たかろうが何だろうが、それが本心だ。だけれど、トウはさして傷ついた風もなく 「ルック」 再びルックの名を呼んだ。 「………」 一体どうすれば、目の前の男に伝わるのだろうか、と。ルックは頭を抱え込みたくなる。 「又、逢えた」 「………はっ?」 再会して、己の名以外の音をようやっと聞いた為か、はたまたその台詞の内容ゆえか、ルックは思わず問い返してしまった。 ―――と。 「ぼっちゃーん、マッシュさんが呼んでらっしゃいますよ〜」 実に場違いなほどに暢気な呼び声が石造りの砦に響いてきた。 「よ、呼んでるってさ。さっさと行けば」 口早に言うと、男は暫しの間を置いてから、ゆるりと踵を返した。 ほっと息を吐いた、その時。 唐突に、視線が去ってゆく男の右手甲に引き寄せられる。 「―――ソウルイーター、」 どうしてこいつが………。 継承されたのか? 何時? そうして、部屋を出てゆく男の後姿に。 前の宿主の姿がこの男の傍にないことに、ようやく気づいた。 ソウルイーターとも呼ばれる、生と死の紋章。 数多の者がその強大な力を欲し、脅威ともいえる力に呑まれ、滅びていった。 300年前から、その所在はようとして掴めなくなっていたらしい。 初めての邂逅時、こいつと共に島を訪れたテッドとかいう子供が持っているのを知った時は正直驚いた。 真と字なす紋章は、総じてその扱いが難しい。 共存するにしても、支配するにしても、宿主に多大な精神力を強いる。弱ければ、自我の崩壊を招き真の傀儡とさえ化し兼ねない。 大人でさえ受け入れきれないそれを、300年の年数の間持ち続けられているその精神力に感嘆した。 それとも…柔軟性にとんだ子供であったから、出来得たことなのか。 元の宿主は、生きていたとしてもそう長くはないだろう―――と、腕を組みながら思う。 真を宿すということの意味。 ある意味、それは無に化すのと同じだ。 その事実を、あの天魁星―――トウ・マクドールは知っているんだろうか。
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