再逢 彩哀 …最愛 − 16 俺って馬鹿かな〜と、何度目かになるオギのその呟きに、シーナはこれ又何度目になるのか、 「そう思ってんなら、そうかもな」 と、呆れた風に返した。 『2、3日、ルック使いものになんねーから』 今朝方、いつもなら石板前に居る筈のルックがいつまでも現れないのを訝しんで部屋に訪れたオギとシーナに、珍しいまでにてらいも何もなくそう告げたのだ、アカザは。 そのアカザの台詞と、寝台脇に乱雑に脱ぎ捨てられた衣服とに、何があったのかなんて聞くだけ野暮というものだろう…という気分をふたりして味わった。 一体いつの間に! と、呻きたい。 オギが愚痴を言いたいのも、尤もだとシーナは思う。 だけれど、酒場で男相手に愚痴聞いてやるなんて……と、心中では割り切れないものを感じながらも、手にしたアルコールでそれを流す。 オギの手にあるのは、ホットミルクらしいが。今のこの様を見るに、本当にミルクなのかと疑ってしまうのも仕方ない。 「だってさ、やっぱ解るだろー」 ルックの態度が、自分たちと居る時とアカザと居る時と…違っていたから。 口調や対応は自分たちに対するそれより余程悪いのに。それでも、纏う雰囲気が違う。何も、作っていない様が―――解る。 解ってしまったら、もうどうしようもない気がしたのだ、とオギはぼやく。 「アカザって、思い切りダークホースだった」 まさか、横から掻っ攫われるとは思ってもみなかった、と。 「ルック落とすのに、天魁星って役割は結構使えると思ってたんだけどなぁ」 「あぁ、あいつ星の役割とかには弱いからな」 「そうそう! …………っていうか、俺結構本気だったんだけど」 再びぼやきに戻ったオギに、はいはいと溜息混じりの相槌を打ちながら。シーナの口許には、微かな笑みが浮かんでいた。 互いが互いを必要としている様が解り過ぎて。 だけれど、ルックがそれを受け入れられる様になるのには、まだ時期が早いと……そう思っていた。それを手に入れる事で、強くなるかも知れないという可能性をシーナは考えなかった。 だから、アカザにはルックに近付くなと何度も釘を刺したのだ。 それが……己の杞憂に過ぎなかった事を、部屋を訪ねてルックの表情を見、漸く気付いた。 寝台上で、酷い仏頂面で有りながらも。 常に刺々しさを醸し出していたルックの雰囲気が、どこか柔らかに見えたから。 「しかし、まぁ…よりにもよって、何であいつな訳?」 どうやら起き上がる事も出来ないらしいルックに、寝台脇の椅子に腰掛けながら、そう意地悪く訊ねる。 「………知らないよ」 「じゃあ、何で今な訳?」 「…………僕が聞きたい」 「お前、な」 海って代物よりも余程深い溜息を零したシーナは、だけれど至極柔らかな眼差しをルックに向けた。 「ま、お前がそれでいいって言うなら、いいさ」 「………シーナ?」 「お前のことだから、片意地張るなって言っても張るんだろうけど。だけど、あいつ相手だったらそんなもん、無意味だもんな」 あれでいてあいつは、癪に思うほどに周囲に視線を向けてるヤツだし。 それに、あいつが傍に居れば、ルックが自ら望まない関係を続ける事もないだろうから。 「お役ゴメン、ってヤツだな」 「………何、言ってんのさ」 その翡翠に微かな戸惑いが乗る。そして、それを隠すかのようにぞんざいな物言いでルックは小さくシーナを睨み付けた。 「あいつになんて、何を任せられるっていうのさ」 結局何も変わらないし、変える必要もないだろうといつもと変わらずに言い切るルックに、シーナは思わず吹き出した。 「なッ、」 苦情を言い掛けるルックを遮ったのは、 「何が、ンーなに可笑しいんだよ」 ノックも何もなく扉を開いて我が物顔で部屋に入ってきた、アカザだった。 「……ノックくらいしなよ」 目いっぱい眉根を寄せてルックがそう言うのには、 「気配で気付くだろ」 とさもあらんという風に返す。 「常識の問題だ。尤も、あんたにそんなモノを求める方が無駄だって言うんだったら、こっちもそれなりに対処するけど」 冷たい笑みと共に繰り出される辛辣な台詞に、シーナは撤退時を知る。 「じゃ、俺約束あるから」 そそくさと立ち上がるとそのまま扉へと向かい、その場に未だ立ち尽くしたままのアカザの首根っこを引き寄せた。 「っ…痛ッ、」 「今更、過去のアレコレは何だったんだとか言う気ねーけど、これだけは言っとく。―――泣かすなよ」 「……あいつが大人しく泣かされるようなタマかよ」 大して声を顰めてもいなかったから、その会話は寝台上の本人にも聞こえていた筈だけれど、それに関するコメントはなかった。 「じゃーな」 部屋の扉を開いたシーナの身体が、そのまま止まる。そして、ふっと振り返って。 「なぁ、お前等……シアワセ?」 唐突に、そう問う。 「はぁ? 何だそりゃ」 「何、それ…」 シーナに返されたのは、ほぼ同時にほぼ同じ言葉。 更に、全く同じタイミングで互いに顔を見合わせたふたりを視界に収め、シーナは笑って扉を閉じた。 ...... END
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