それは、運命か < 1 > −サクラ、呪われる− 窓から射し込む日は暖かくて、マクドール邸の居間で読書をしていた少年は、自然零れそうになる欠伸を噛み殺した。 手にしている本は、細かい文字がびっしりと配されたもので、確かにこんな天気のいい昼下がりに読むのには、不似合い極まりない。 心地いい眠りへと、誘ってくれそうなモノだった。 「サクラぁ、魔女見に行こうぜv」 そう言って、ひょいっと窓から顔を覗かせたのは、親友のテッドだった。 「魔女って?」 手にしていた本の続きも気になったけど、それ以上にテッドの誘いが気になるのか、机の上にあった栞を挟んで本を閉じると、窓に近寄った。 「街外れに小っこい姉弟が引っ越してきただろ、あそこ」 「……あぁ、あそこ」 サクラが思い至ったのは、数年空家になってた小さな家だ。最近誰か越して来たらしいというのは、グレミオから聞いていたけど。 「魔女、だって?」 思い切り訝しげな様を隠しもしないサクラの問いに、テッドは逆に楽しそうに 「あそこの姉、ナナミちゃんっていうらしいんだけど、本人が言ってたから間違いないだろ」 と、のたまう。 「才能はあるらしいけど、トンと芽が出ないってさ」 「………それ、魔女?」 「いいじゃん、本人言ってるし? それに、来月から軍配属されるんだろ。遊ぶなら今の内!」 そうせつかれて、サクラは苦笑を漏らした。 先日17になった祝いを、家族だけでした。 常日頃から家の万事全てこなすグレミオと、お目付け役兼のクレオとパーン。そして、父。周囲はその関係を知っている父の恋人も同席した。 勿論、一緒に住んでないとはいえテッドも。 17を過ぎたら、帝国軍に属するというのはサクラ自身が自分で決めた事だ。その顔見せ兼就任の挨拶が来月に決まっていた。 「だね、」 サクラは頷いて、片足を窓枠に掛けて乗り越える。こんな行儀の悪い事も、テッドと3年前に逢ってから覚えたんだっけ…とサクラは思い出す。よくグレミオに叱られるようになったのも、その頃からだった。 尤も、本気で怒ってはいないの解ってたけれど。 「ナナミちゃんと、弟は……ツバキだっけか。スッゲェ楽しいからv まぁ、あんまり一緒に居ると疲れるけど」 そう言ってずんずんと庭先を横切っていくテッドの後を、情報を仕入れる速さと交友関係の広さに感心しながらサクラは追った。 テッドが案内してきたのは、やはりサクラが予想した家だった。小さいとはいっても2、3人が住むには充分過ぎる広さと、小さいながら庭もある。 「ナナミちゃん、ツバキー、約束どおり遊びにきたぞ」 玄関先でテッドが声を掛けると、文字通りバタバタとけたたましい音が家の外にまで鳴り響いた。そして、バン!と扉が開かれる。あまりの勢いのよさに小さな家が微かながらも振動したのを目にし、サクラはその時点で何故テッドが扉から距離をおいておいたのか理解した。 「テッド君、いらっしゃい」 満面の笑顔で迎えたのは、年頃で言えばサクラ達と同じくらいの少女だった。とても、テッドがいうように魔女には見えない。 「おう、友達も連れてきた」 「あっ、貴方がサクラ君ね! 初めまして、私ナナミです」 元気いっぱいに差し出された手を、サクラは笑みながら握り返した。 「よろしく、サクラです」 「おんやぁ、ツバキは?」 挨拶を交わすサクラの横で、テッドは腕を組みながら首を傾げる。 「たった今、買い物出たとこなの。そのうち帰ってくると思うから、入ってお茶でもどうぞv」 案内された食堂で、椅子に腰掛けるように促され、ふたりはそれに従った。 ガチャガチャと茶器が鳴る。 優雅な手付きとはお世辞でもいえないナナミの手際に、サクラとテッドははらはらしつつお茶を用意する様を見守っていた。彼女は不器用というよりは……荒っぽい。 テッドはナナミには気取られないように 「ナナミちゃん見てると、いつ茶器割るか…って、ドキドキする」 サクラの耳元で囁いた。 「さぁ、どうぞv」 鮮やかな花柄のテーブルクロスの上に、人数分のお茶とこんがりとした焼き菓子が添えられる。 見た目は普通に美味しそうだと、サクラとテッドは甚だ失礼な事を思った。 「「…頂きます」」 ふたり合わせて両手を合わせる。そして、にこにこと笑うナナミを前にお茶に手を伸ばした。 「…あ、美味しい」 「ふぅん、まぁ」 「ホント? 良かった〜v お菓子も食べてね」 そう言ってナナミは、自分のお茶にミルクと砂糖を一匙ずつ入れてかき回す。笑顔な上に愛想もいいナナミは、だけれどやはり動作が粗雑だと、かき回すたびに零れそうになるお茶を目にし、思う。 ふたりは同時に菓子に手を出し、同時に頬張った。 「「!!!!!!!!!」」 そして、ふたり同時に、声を無くす。 「ただいま〜、ナナミ」 「お帰り、ツバキ」 目を白黒させるテッドの後ろの扉が開き、年若い少年が入ってきた。 「あっ、テッド。来てたんだぁ、この人がサクラさん?」 ツバキと呼ばれた少年は、サクラの姿を認めると軽く会釈をする。 「こんにちは、僕ツバキです」 黒い大きな瞳が小鹿のようだな、とサクラは思った。思いながら、口を開く為に頬張っていた菓子を飲み込み、にこりと微笑んだ。 「…こんにちは、サクラです」 「――――――――――み、水ッ!!!」 「えっ? は、はいっ」 喉元を押えうめくテッドに、ナナミが慌てて台所から汲んできた水を差し出す。勢いよく水をがぶ飲みする様に、周囲の視線が一斉に集中した。 「て、テッド……?」 「な、ナナミちゃーん……これって、何?」 水を三杯平らげ、漸く落ち着いた態のテッドが皿に残った焼き菓子を指差すと、ツバキが苦笑した。 「ナナミの料理食べちゃったんだ。大丈夫だった?」 「あー、何よ! ツバキ! 確かに美味しくはないけど、食べられない事はないんだから」 ナナミも一応自分の料理が美味しくないという事は知っているらしい。 「えっ……? 僕の美味しかったけど…」 不思議そうなサクラの台詞に、突如ナナミとツバキはピシリと固まった。 「「…………美味し、かった?」」 姉弟ふたり同時に問われて、サクラはこくんと頷いた。―――が、ガタンと、手にした買い物袋を落とすほどに驚愕を露にするツバキの様子に、言葉が足りないとでも解釈したのか、 「えっと……グレミオが作る菓子よりも?」 と続ける。 尤も彼はシチューが得意料理だけど、とのサクラの言はその時点で誰も聞いていなかった。テッドはコレのどこが美味しいのだと聞こうとしたが、 「……嘘っ!」 と声を荒げる姉弟の様子に二の句が告げなくなった。 「な……何?」 「どっ、どっ、どっ、どーしようっっっ!!!」 一体全体何が何やら、サクラはふたりの驚き様を成す術もなく見ていた。 「あのね、あのね! サクラさん落ち着いて聞いて欲しいんだけど」 「落ち着くのは、ナナミちゃん達が先」 テッドがひとり、場違いなまでの落ち着き様で彼等を諭す。 「うん、うん。そうだよね!」 こくこくと頷きながら、両の手を胸の前で固く握り締めたナナミは再びサクラに向かい合った。 「あのね、サクラさん! サクラさん、呪われちゃったの!」 「…………………え?」 その時のサクラの思い切り間抜けた返答に、一体誰が突っ込めただろう。 「だからね! サクラさん呪われちゃったんだよ、私にっ!!」 サクラ・マクドール、17歳の春の事だった。 日の光を遮る大きな木々と、うっそうと茂る雑草。 それらの隙を抜け、踏み分け、ざくざくと道なき道を進み深い森を抜けるのは、ふたつの影。 「っひゃー、こんな場所に本当に住んでんのかぁ」 顔の前で五月蝿く飛び回る虫を手で追い払いながら大仰に肩を竦めたのは、テッドだった。 「だ、よね…流石に、息が切れる」 踏み分ける足と、手にした棍で草木を脇に避けながらうめいたのは、サクラ。 「結構入り込んだと思うんだけどな」 手にした懐中時計と太陽の位置を見て、何やら計算していたらしいテッドはぼそりと呟いた。 「そろそろ…休まないか?」 「もうちょっと行ってからな」 サクラの提案を無下に却下したテッドが、再び歩み始める。 「せめて、もうちょっと拓けたとこに出ないと、虫が鬱陶しい」 「…………タフだな、テッド」 サクラは諦めたように肩を落として、テッドの後を追った。 「でもさ…」 こんな近い場所に魔女が居るなんて知らなかった、と呟いたサクラに、 「あぁ、だろうなぁ」 と、テッドが複雑そうな表情で返した。 「何、そのリアクション?」 「っていうか、この辺って赤月帝国内ながらも、治外法権が適用されてるみたいなとこあるから?」 「??????」 「ある意味、魔女自体が珍しいだろ? ヘタに手を出して、呪いなんて受けたくないしな」 「…………僕の場合は、ヘタに手なんて出してないけど、な」 サクラの尤もな言い分に、テッドは苦笑いをするしかなかった。 あのサクラが呪われた日、取り敢えずと帰宅しその事実を家族の者に告げると、マクドール邸は静まり返った。 唯一例外として、グレミオがひとりで阿鼻叫喚してはいたが。 家長のテオは、さして取り乱しもしない長子に 「で、お前はどうする気かね」 と表向きは淡々とした様子で訊ねた。 「まずはこの身に掛けられた呪いを解き、その後祖国への忠誠を誓いたいと思ってます」 「……それしかないのだろう、な」 どんな呪いが掛けられているのかも解らない状況では成す術がない―――と、呪いの属性を調べるようにサクラは助言された。 「帝国での魔術に対する認識はかなり低い。きちんとした属性を調べるには、魔術師に頼るしかないだろう。南の森へ行くといい。あそこには、星詠みをも兼ねた魔女が居る」 …… to be continue いきなり坊さま呪われました(爆)。 わざわざ細切れにしなくても、先が読めて 「……」 って感じですが。 変わった事したかっただけ、だと思ってください。 次回、坊さまは運命の出会いに感謝しますv ………か? |