それは、運命か
< 2 >

−サクラ、ルックと逢う−








「しかし……あの姉弟ってなぁ」
 漸く少し拓けた場所に出、大きな岩に腰掛けたふたりは、水筒から水分を補給しながら一息ついていた。
 ぽそりと呟くテッドのどこか遠くを見やるような空色の瞳に、サクラは苦笑を返すしかない。
『呪われたのは解ってるんだけど、どんな呪いなのか解んないの!』
『そう、魔女の素質有りっていわれて、ナナミは一生懸命修行したんだけど、全然駄目で! 師匠さまに見限られたんだよ。その素質だって、小さい頃たった一回呪いを掛けたってだけの、怪しいものだったし』
『師従してた人だったら解ったかも知れないけど。その後、自信なくした…ってどこか行っちゃったんだよね』
『先生に言い付けられてた事が、取り敢えず人様が美味しいと感じる料理を作りなさいって…一度だけ発動した呪いが料理食べた人に掛かっちゃったもんだから。私の場合、誠心誠意込めて作る料理に出易いだろう、って』
 思い出した彼女等の言葉に、サクラは再び苦笑を漏らした。
「……っていうかさ、サクラ。何か楽しそうだよなぁ?」
「…………解る?」
「解らいでか」
「だって、何だかワクワクしないか? 呪われたっていっても、今のとこ実害なんてこれっぽっちもないし。来月帝国に召されたら、そのまんま死ぬまで軍人として生きてくんだなっ…て、子供の頃からずっと思ってたから」
 予想外の出来事にドキドキしてると、サクラは満面の笑みをテッドに見せた。そんなある意味子供っぽい笑顔を見せられたテッドは、深い溜息を零すしかない。
「前々から思ってたけど……お前って結構暢気だよな」
「それ、テッドにだけは言われたくないよ?」
 本気でそう言うサクラの頭を、テッドは軽く叩いた。痛いな〜と、叩かれた箇所を業とらしく擦るサクラに 「当然の報いだ」 と返したテッドの笑みが、唐突にふっと固まる。
「……テッド?」
 訝しんで、名を呼ぶサクラが聞いたのは、思いもよらない言葉。
「…………クレイドールだ」
「えっ?」
 伝説上でしか聞いたことのない魔獣の名を呟くテッドに、サクラは驚いて彼の視線の先を追った。
 その先には、確かに身の丈なら自分たちの倍以上もある、何かの本で見たままのクレイドールの姿。
「何か、ドキドキする事いっぱいあってよかったな」
 ふざけながらも、足場を確保し弓に矢を番えるテッドに、 「いや、こんなドキドキは要らない」 とサクラは呟いて武器を構えた。
 ―――が。
 正直、サクラは己の身の丈を遥かに超すクレイドールを倒せるとは思ってなかった。
 尤もこんなところで死ぬ気はさらさらなく、頃合を見計らって逃げ出すつもりではいた。
 しかし、意外にもクレイドールの攻撃回数はそう多くなく、それも避けようと思えば避けられない程のものでもなく、テッドとの二桁に渡る攻撃で案外にも倒す事が出来た。さらりと四散していくクレイドールの姿から視線をテッドに移すと、親指を上げてにやりと笑っていた。
 互いに大きな怪我もなく済んだ闘いに、ほっと肩を撫で下ろす。
 その、刹那。
「あーあ、倒しちゃって…」
 その呟きと共に目の前に現れたのは、年端もいかない見目の子供だった。しかし、その子供が……サクラの視線を捕らえた。
「倒しちゃって、ってなー! お前……っ」
 振り返った勢いのまま突っ掛かろうとしたテッドが、咄嗟に息を呑むのが解った。あまり見ないテッドの動揺したかの態は、彼と同じモノを見ていたサクラには当然のように思われる。
 それ程に、その子供は目を惹いた。
 風に攫われる金茶の髪は、肩の位置で微かに揺れては乱れる事もなく。
 深い深い森を模したような強い意志を秘めた翡翠の瞳。
 肌の色は、色味さえ感じさせない程に透け、桜色の唇は今は不機嫌そうに歪んでいる。
 全体的に華奢な感が否めないが、それを推して余りあるその存在感。
 あまりに鮮烈な印象の子供に、サクラもテッドも暫しの間刻も忘れて見惚れた。帝都には華麗雅な容姿の者は少なくない。そんな者達を見慣れていてさえ尚、少年の容貌は見惚れるに相応しいものだった。
「………あんたたち、何」
 あまりにあからさまな視線に気を悪くしたらしい少年は、酷く険悪な表情で上目遣いに睨み付ける。
「何って…お前こそ、あんな危ないの何で野放しにしとくんだよ」
 こんな子供に見惚れ、あまつさえその類稀な美貌に気圧されたという動揺をひた隠しにして、テッドは腕を組んで眉根を寄せた。
「………危なくないよ、あの程度」
 ちゃんと、あんた達にだって倒せたじゃないかと言う返答は、余計ふたりを呆気に取らせるものでしかない。
「…………………」
「何かさ、女子供しか居ないっていうんで、変な輩がたまに入り込んできたりするんだよ、この辺」
 普通あんなの見たら、さっさと逃げ出すしね…とのたまうルックには悪気の欠片さえ見当たらない。
「…………」
「で、あんたたちはこんなとこに一体何の用があって来た訳」
 見たところ、帝国の使者でもないようだし。
「こ、ここに、希代の魔女が居るって聞いてきたんだけど、逢えるかな?」
 如何にも訝しげに問うルックの態度に、サクラは慌てて用向きを伝える。
「レックナートさまの事?」
 訊ねてきながらじろじろと自分とテッドを見回す少年に、サクラは苦笑する。意味もなく見られるというのは、やはりいい気のするものではない。
「……まぁ、あんた達ならレックナートさまも逢うかもね」 と、含んだような物言いにサクラとテッドは首を傾げた。
「何か、逢うのに基準とかいるのか?」
「レックナートさまは、容姿がそれなりに見られた若い男がお好きらしいから」
「…………………おい」
 意味が解っているのかいないのか、返されたルックの答えに、ふたりは今更ながらに気が重くなった。



 レックナートの元で魔術師見習い中だというルックに案内されたのは、深い森のど真ん中に位置するらしい厳しい高い塔だった。
 自分の仕事に戻るからと、とっとと踵を返すルックを見送り、見上げた塔の高さにふたりで顔を引き攣らせた。
 ルックの言では、希代の魔女レックナートは、この塔の天辺近くに居る、らしい。
「………行くか」
「…だよなぁ」
 呆けてても仕方ないし…と、サクラとテッドはやたらと長い階段に足を踏み出したのだった。

「ようこそ、いらっしゃいました」
 長い黒髪に穏やかな笑みを浮かべて、希代の魔女との誉れも高いレックナートは息も絶え絶えのふたりを出迎えた。見掛けはそれなりに若く見えるのだが……彼女の醸し出す雰囲気が、見たままの年齢ではないと感じさせる。
「私は赤月帝国帝都に住まうサクラ・マクドールと申します。先日我が身に降りかかった呪いについて、何かご存知であればお教え願いたくお伺いさせて頂きました。先ずは使者を立てるべきかと思いましたが―――」
「堅苦しい挨拶は宜しいですよ。お客さまはいつでも歓待致します」
 そのまま、薄暗い一室に案内される。部屋の真中に置かれた大きめ机上の水晶球が唯一、彼女が魔女である証のように鎮座している。
「こちらにいらっしゃい、サクラ」
 その水晶を挟むようにして、サクラはレックナートと対峙した。それを見届け、レックナートは水晶に手を翳すと、瞑想するように瞼を落とす。
 静寂と神秘な雰囲気の中、ふたりは彼女の言葉を待った。やがて―――。
「これは……」
 そう驚いたように口を噤むレックナートに、サクラとテッドは詰め寄った。
「何だって言うんですか?!」
「恐らく術の波動から慮るに、刻に関する呪術だと思います。詳しい事までは専門外ですので 解りかねます…が、調べる事は出来ます。詳しい事が解るまで、暫し此処に逗留なさるとよろしいでしょう」
「………そ、それは流石にご迷惑では」
「当方は構いません。でも、もし帰られると仰るのでしたら、もう一度ご足労願わなくてはならないでしょう」
 希代の魔女と噂も高いらしいレックナートの言葉に、サクラとテッドは顔を微かに強張らせた。
 先ほど、ルックは何と言っていたか。 『あんた達みたいなのが居るんなら、クレイドールは3つに増やしとこ』 と、涼しい顔で言ってなかっただろうか。一匹でさえふたりで何とか倒せたアレに三匹も出てこられて、勝てる自信など皆無に近い。
「あっ、じゃあ俺、来週の皇帝への顔見せは確実に無理だって親父さんに報告しといてやるよ」
「えっ、テッド?」
 一緒に居てくれないのか、というサクラの問いにテッドは困ったように頭を掻いた。
「あー、そうしたいの山々だけど……すまん! 俺この人もさっきのガキも苦手っぽい」
 本人を目の前にして言う台詞ではないだろうと、サクラは思ったが、レックナートは気を悪くした様子もなく淡い笑みを浮かべたままだった。





 森を抜けて帝都まで戻るというテッドを、レックナートは転移とかいう魔術で、森の出口まで送った―――らしい。
 サクラには、本当にちゃんとテッドが送られたのかは解りかねたのだが。尤も、テッドの要領の良さやら運の良さは知っていたので、多分大丈夫だろうとサクラは思うことにした。
 初めての場所で、知り合いもなくひとりきりというのは初めての経験で、心細さもなくはなかったが、それ以上に好奇心が勝った。
 周囲を見て来たいのですがとのサクラの申請は、ふたつ返事で容認され、長い長い階段をのんびりと下った。
 ひたすら高い石造りの塔の周りはそれなりに開けており、門の両脇には手入れの行き届いた花壇がある。
 小さな畑や、耳をすませば水のせせらぎが鼓膜に触れて小川が近いことが知れた。
 物珍しさも相まって、キョロキョロと見回しながら塔の裏側に足を運ぶ。と、小さな畑に行き当たった。
「……あ」
 その畑の真中に、塔の前で別れてから姿の見えなかった少年の姿を見つけた。野菜を手にしている所を見ると、収穫していたらしい。
「えっと……ルック、だったよね?」
「………そうだよ」
「あぁ、名前まだ名乗ってなかったよね。僕はサクラ。帝都から来たんだ。暫くご厄介になるけどよろしくね」
 そう言って握手を求めるサクラの手を、ルックは軽く一瞥し。
「……そう」 と、だけ返した。
 行き場を失った手は、宙に浮いたまま。
 その手をじっと微妙な顔付きで見つめていたサクラを尻目に、ルックは手にしていた野菜を籠に押し込むとすっと立ち上がった。
「……あんた、暇だったらその籠持って来てよ」
 収穫したばかりらしい葉野菜の入った籠を抱えたルックは、芋がゴロゴロと入ったもうひとつの籠を顎で示す。
 確かに、ルックの細腕では大変だろうとひとつ頷いた。
 そして、籠を抱えあげようと腰を下ろしたところで、ふっと気付く。
 芋は泥…まみれ。
 そして、視線だけをルックの手元に移す。その小さな手もやはり、泥だらけだった。
 どうやら先ほどの手は悪い意味で無視された訳ではないらしい事に思い至り、取り繕うなどの手法を知らない少年らしい不器用さに、我知らず口許に笑みが零れた。
「えっ、君が作るの?」
 台所に着き、籠を支持された場所に降ろした所で 「あんた、好き嫌いないよね」 と訊ねられてそう聞くと、何そんなに驚いてんのさと翡翠の瞳に見上げられ口を噤む。
 言われれば、あのレックナートでは食事など作りそうにないと思い至る。
 小さな手で包丁を握りさくさくと芋の皮を剥いていく手際のよさに、サクラは軽く瞠目した。
「上手だね」
「…………誰だってできるよ、慣れればね」
 そして、上目遣いでちらりと見上げてくる様に、サクラは首を傾げた。
「何?」
「あんたは、どのくらい食べるの?」
「………普通だ、と思うけど…」
「普通って何? レックナートさまは一食分の量をこの芋で換算するなら、20はいくんだけど。僕は1つと半分食べられればいいくらい。どのくらいが普通って基準になるのか解らない」
「あぁ、そうだね。えっと……芋にすると6個か…7個くらい、かな」
 何故芋に換算?とか、レックナートの20ヶは流石に多過ぎないかとか、逆にルック少な過ぎ…だからこんなに細いのか…とか、もしかして夕食は芋だけなのか……とか、サクラは埒もない思考に耽った。
 正直に、白状するなら。
 この時サクラは、自分よりも小さな子供が作る料理の味に期待なんて微塵もしてなかった。
「…美味しい!」
 だから、ひと口食べた途端、本当に驚いたのだ。
「………そう?」
「うん! 凄く美味しいよ」
 目の前に用意された夕食は、野菜のクリームスープに、鳥肉のオレンジソース掛け。付け合せはルックがさっき剥いていた芋をマッシュしたものだ。それに野菜と玉子のサラダ…ときては、グレミオが作ったものと比べても何ら遜色ない。
 味付けも、5段階評価でいくならお世辞も何もなく5だとサクラは思った。
「ルック、凄いね!」
 素直に賞賛され、ルックは微妙な顔付きだったが、
「……口にあって、良かったね」 と返した。


 夕食後にレックナートと共にお茶をし、眠気が訪れた頃合にルックに部屋に案内された。
「ここ、使って」
 それなりの広さの部屋は、質素だが清潔感が漂っていた。
「普段使ってないから埃っぽいかも知れないけど……敷布とかは替えて置いたから。風呂と厠は、その扉の向こう」
 部屋のランプに火を灯し、てきぱきと要所を伝えるルックに、 「綺麗なだけの小生意気な子供って思ってたんだけど……しっかりしてるなぁ」 と感心する。
「それと、寝台の脇のアレ、あんたの着替え」
「えっ……?」
「えっ…て、着替えいるんだろ?」
「用意してくれたの?」
 仕方ないだろ、とルックは面倒臭そうにぼやく。
「レックナートさまが今日から暫くあんたが泊まるんで、着替え取りに行ってやれって仰るから、さっきあんたん家まで跳んで来た」
「?????? と、ぶ?」
「転移したんだよ…って、転移知らない?」
 逆に不思議そうに返されて、サクラは内心慌てた。そして、過去に読んだ魔術関係の本の中にあったその記述を記憶の淵から手繰り寄せる。
「えっと……空間を渡るとか……。別の場所に瞬時に移動するってヤツかな?」
 心許なげに問う様に、ルックはそうだと頷いた。
「今居るこの場からの距離とその場の座軸が計れれば、大抵の場所へは転移出来るよ。帝都へも何度か行ったことあるけど?」
 そもそも、調べものの結果なら届けられるのに、何であんたは帰らなかったのさ、と言われてサクラは天を仰ぐと掌で顔を覆った。
「…………それは、僕が聞きたいよ」










…… to be continue




 さてさて、ひとつ屋根の下生活が始まりましたv
 っていうか、ちゃんとこのふたりはラブラブになれるのでしょうか……?

 望み……薄?


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