それは、運命か < 3 > −サクラ、姦計す− 翌朝、軽い朝食を終えたサクラはその後する事もなく、レックナートの許しを得て塔内の散策をした。 とはいっても、各々の個室以外は食堂や倉庫、そして使われていないらしい部屋があるくらいでさして目新しいモノはなく。 早々にして、暇を持て余した。 「………そういえば、ルック、どこに居るんだろ」 散策の最中に食堂で掃除をしていたのを確認して以来、姿を見ていない事に気付く。ルックは見かける度に、掃除やら食事やお茶の用意やら洗濯やらと、何かしら忙しそうに動き回っている。 だから、それ以外の時はこんな娯楽もなにもない所で、どうやって過ごしているんだろうと気になった。 「………レックナートさま、」 考えあぐねていた所にふっと視界に入ってきた魔女に、驚く。室外で会ったのは、出迎えを受けてから初めてだ。 「あぁ、サクラ。ルックを呼んで来てもらえませんか」 「えっ…」 「そろそろお昼の時間でしょう。あの子は、書庫に入ると時間を忘れてしまうらしいのです」 苦笑混じりのレックナートの言葉に、サクラは首を傾げた。 「書庫…ですか?」 そんな所、あっただろうか。 「ええ、ルックの部屋の少し奥に扉があります。貴重な文献も置いてあるので、一目見てもそうとは解らない細工をしてますけど。あの子は無類の本好きで、日がな一日篭もってる事もあるのですよ」 教えられた通りにルックの部屋の前を通り抜け、数歩進んだ所でふっと壁に違和感を覚えた。レックナートに聞いてなければ、気付かずにす通りしていただろう事は、先ほどの散策で確認済みだ。 掌で触れると、見掛けは石造りなのに感じるのは木の感触。腰の高さ辺りで引っかかった突起を回すと、突然目の前に広めの室内が開けた。 「っわー」 隙間も見受けられない程に所狭しと並べられた天井までの高さの本棚の数と、その中に収められた本の量に圧倒され、無意識に感嘆の声が零れた。 自宅の書庫もそれなりの冊数と自負していたが、この書庫には到底及ばない。 「篭もりたくもなる、か」 小難しい題名、おまけに一冊ずつの厚みが生半可でない書物を横目に、捜し人の姿を求めてぐるりと見回した。だけれど、大きな本棚に視界を遮られる上に棚に収めきれない蔵書は所々に小積みにされており、あの小さな身体で隙間に潜り込まれてはなかなかに捜索は大変そうに思えた。 「かくれんぼ、みたいだな」 心なしかわくわくし、本棚の合い間合い間を覗き込んでゆく。石畳の室内では靴音が響いて、もしルックが居るなら気付きそうなものだけど。 「……あっ」 と、微かに明るい小窓の下に、ようやっとの事捜し人の姿を見つけた。 小さな声を上げたにも関わらず、それに振り返る様子もない小さな少年は、見上げるほどの高さの脚立の天辺で、膝に抱えた分厚い本を一心不乱に読んでいるようだった。 本の文字を追っているだろう目にはいつもの鋭さもなく、小さな白い指はかさりと渇いた音と共に頁を捲る。 普段なら近くに寄っただけでも、仔猫のような警戒態勢でその翡翠はこちらを捉えるのに。本を読んでいる時は、その注意力も薄れるらしい。 「ルック」 そろりと脚立の足許に寄り声を掛けると、流石に気付かない訳はなく。 「何…いつ来たの」 と、眉間の皺のおまけつきで返された。 「君のお師匠さまから、そろそろお昼の時間だから呼んで来て欲しいって頼まれたんだよ」 苦笑混じりにそう言うと、小さな換気用の小窓から太陽の位置を見、ルックは慌てて立ち上がった。 「お昼の準備しないと」 自分が座り込んでいた脚立の天辺に栞を挟んだ本を置き、そのままの位置からひらりと飛び降りる。 「わっ」 当然サクラは驚いたが、本人はその重みさえ感じさせず、軽々と床に足を着けた。 「で、昼は何食べたいの?」 そう平然と訊ねるルックに、見た目お人形さんみたいに綺麗なのに…やっぱり男の子なんだな〜と甚だ失礼な事を考えていたサクラは、 「昼食はルックに任せるけど……夕食、魚食べたくない?」 そう言って、お昼からの予定を確約したのだった。 森の中を流れる小川の水は綺麗で、魚が踊るような陰影を残して泳いでいる。 途中で伐採してきた木は程好くしなり、竿としては手頃だった。 「これ以上は、要らない殺生だよ」 数匹釣り上げた所で、ルックからそう声が掛けられた。食べれるか解らないじゃないか、とのルックの言は尤もだ。 だけれど、まだ日は高い。どうやって時間を潰せばいいのだろう、と再びサクラは途方に暮れた。 「……そんなに暇持て余してるんだったら、パン生地捏ねてよ」 自分の背後からトボトボと着いてくる子犬のようなサクラの態に、ルックは呆れたように言った。 話し掛ければ人慣れないルックらしく、時にぶっきらぼう時に端的ながらも、それでもちゃんと答えが返ってくる。ルックはルックなりに、暇を持て余しているサクラを気遣ってか、用のないときは極力相手をしてくれていた。 その時間は、酷く穏やかで好ましい。 交わされる会話にも、年下とも思えないほどに卓越した知識と、時折引っかかりはするが滑らかなといって差し支えない弁論術を披露し、何度もサクラを驚かせた。 言い負かされる事も、情けないが度々ある。 その度に、 「ルックって博学だね」 と感心し切っているサクラに、ルックはある日その綺麗な翡翠を眇めて 「………あんたは一体、僕を幾つだと思ってるの」 と聞いてきた。 「えっ……? えっと…僕より4つか5つくらい下、かな?」 「…………あんた幾つ」 「17になった」 「……………僕、14だよ」 「…………えっと、」 「外見で判断するのは止めなよ」 3つしか違わないじゃないかと言われ、外見からおおよその検討を付けた年齢にひとつふたつ色を付けてみた、とはサクラには言えなかった。 そんなある意味穏やかな日々が、続く。 レックナートの部屋に来訪を促されたのは、そんな日常にサクラが慣れ、心地良く受け入れ始めた頃だった。 「貴方へ掛けられた呪が判明できました」 希代の魔女の重みを感じさせる言葉に、サクラは背筋を心なし伸ばした。そして、はいと先を促すように頷いた。 「あなたに掛けられた呪いは、『不老不死』です」 よりにもよって又強烈な…と、サクラは思った。 「私では解呪出来ません」 「えっ……?」 「魔術にはそれぞれ属性というものがあります。私の魔術は空間の歪(ゆがみ)を捜し開きて成すもの。ですが、サクラが掛かった呪というのは、刻を極めた者のみが成せる特殊なものなのです。初歩の術ならば、その素質がなくともある程度の修行を積めば、発動するのに何ら問題はありません。ですが、高位術となると素質が重要なのです」 永遠の若さと生を求める者は、少なくない。だけれど、全てのモノから置いて逝かれるというのは、恐怖でしかないのではないのか。 「偶発的な呪ということですし………再びそのナナミという少女が巻き起こす奇跡を待つか、 あるいは自ら赴いて高位の刻を極めた術者を捜さねばならないでしょう」 レックナートの言葉に、サクラは頭を垂れた。 ナナミのいつ発動するか解らない奇跡など待っていられる訳などない。普通の人間である彼女には、寿命がある。だとしたら、自分がなさねばならない事など解りきっているではないか。 「そう言えば……」 そして、この塔に寝泊りし始めた一晩目に知り、ずっと聞きたいと思っていたことを唐突に思い出した。 「…………転移出来る、とお伺いしたのですが」 「ええ、私の魔術の属性は門ですから」 要するに魔術の属性に寄りますけど?というレックナートの台詞に、サクラは思い切り肩を落とした。 「では、こちらに滞在しなくとも、それで結果なりをお知らせ下さる方法があったのでは?」 「まぁ、そうですわね」 レックナートはころころと少女のようにくったくなく笑う。 「ですが、若い殿方と少しでも同じ時を過ごしたかったのですわ」 「…………………僕でお役に立てましたでしょうか」 思わず顔を引き攣らせて訊ねたサクラに、レックナートは微笑んだ。 「謙遜も度を越すと嫌味です」 その瞬間、この女性の為にこそ魔女という職業(?)はあるのだろう…と、サクラは達観した。 レックナートの部屋から退出し、書庫に足を運べば、いつもと変わりなくルックは脚立に座り込んで何やら本を読んでいた。 その足許に座り込み、どうやら僕はあてのない旅に出なくてはならないらしい…と愚痴半分にルックに告げると、返ってきたのは 「そう、頑張ってね」 という冷たい言葉だった。 「…………ルック、冷たい」 「そ、これ以上付き合わなくて済んで良かったじゃないか」 会話としては成立している。ルックの言も尤もだ。だが、尤も過ぎるルックの言葉にサクラは酷く落ち込んだ。 己の言葉尻通りな訳でない事は、この数日間で解っている。不器用だけれど、ルックは優しい。その気持ちを押し付けるでもなく、時に辛辣とした物言いで伝えてくる。己を偽らない彼の傍は、酷く心地いい。 サクラは、ルックの傍らに身を置く時間が好きだった。 気持ちの…想いの一方通行は、きつい。好ましいと思っている相手から、拒絶に近い言葉を寄越されるのは、痛みすら覚える。 ルックは普段から本を読みながらでも、サクラの話し相手をしていた。よくその度に、本の中身と自分の話双方を理解できるものだと思っていた。あまりに不思議で、本とサクラの話の中身を問えば、ちゃんと間違いなく返答されたから。 だから、知らなかった。 ルックの手元にある本が、昨日レックナートが入手したばかりの書物で、おまけにそれが届くのをルックが首を長くして待ち望み、いつになく没頭し過ぎた為に自分の話を上の空で聞いていた事など……幸か不幸か、サクラは知らなかったのだ。 サクラがその提案してきたのは、レックナートから呪の種類を聞かされた翌日。そして、彼が森を出る事を決めた前日だった。 昼のお茶の時間に、世話になった師弟に報告を兼ねた礼を述べ、ルックにお茶のお代わりを求めながら、ふっと思い付いたように言う。 「ルック、お礼にお茶でもご馳走したいんだけど」 「お礼?」 「うん、お世話になったし」 にっこり笑うサクラの笑顔には全く含むところなどないようで、一週間近くの間一緒にいてそれなりに懐いていたルックは、 「……受け取ってやってもいいけど」 と、同行する事に異論は唱えなかった。 そして、誘われた先が。 どう見ても、そういう商売をしているとは思えない一軒の家。 その家の主らしいふたりの姉弟は当然とし、サクラの友人のテッドが何故か居座っていた。 家主らへの挨拶もそこそこに、サクラに食堂に連れて行かれる。 「僕には凄く美味しく感じたから、ルックも絶対美味しいと感じると思うよ?」 「………」 見た目美味しくなさそうだとは、思わないが………ナナミの粗野極まりない手際を見ているに、やはりそれなりに食欲は減退する。 「さ、サクラさん?」 どこかおっかなびっくりの感じのするナナミと、やたらと楽しそうなサクラの態度がそれに拍車を掛けていた。おまけに……皆の視線が集中してるようで、益々居心地が悪い。 「どうぞv」 「………いただきます」 だけれど、わざわざ己に用意されたものを無下に断る訳にもいかず、ルックは恐々とお茶を口に運ぶ。茶は濃い目だが、飲めないほどではなくルックはホッとした。 そして、焼き菓子に手を伸ばす。と、再び感じる視線。 「……何、何かある訳?」 目一杯険悪な眼差しで周囲の三人を睨めば、三人が三人とも顔を引き攣らせる。そっと窺うように、にこにこと笑うサクラを見やれば 「大丈夫だよ」 と頷かれて。 穏やかなサクラの笑みに押されるように、菓子を口に運んだ。 ―――と。 「………美味しい、」 「よね?」 「「「…えっ!」」」 口許を押えて思わぬ味に驚くルックと、如何にも嬉しそうな笑顔いっぱいのサクラ。そして、驚きを隠せないナナミ、ツバキ、テッドの姿。 「美味しい……って、」 「嘘!!! 嘘、嘘ー!」 「………て、何なのさ」 思い切り怪訝そうなルックの表情に、誰も何も返せない。一気に、その場が静寂に包まれる。 ただひとり、サクラだけが満面の笑みだ。 「……………ルックくん、呪われちゃったよ」 ナナミの何時になく躊躇いがちな声音だけが、その場に響いた。 だって知っていたのだ、サクラは。 最低最悪といえるほどの、ルックの運のなさを。 そもそも、運が良ければ、あの魔女の元で見習をしている筈がないではないかと。本気でサクラはそう思ったのだった。 …… to be continue 坊さま……極悪! 所謂、これがサクラ坊の本性だと思ってやって下さい(爆)。 さーて、もう一本! |