クレヨン 例えば、白い紙の上に放り出された無残に折れたクレヨンの残像が眼裏に浮かぶ度。 少しでも扱い方を、力の入れ方を誤まれば、彼もこのクレヨンのように折れてしまうのではないかと思った。 「ねぇ、クレヨンって知ってる?」 そう問うと、問われた本人は微妙に眉間に皺を寄せて、一体何が言いたいんだと言うような視線を向けてきた。 「知ってる?」 「……主に幼児が使用する着色剤」 「…………………」 あまりと言えばあまりにルックらしいその答えに、苦笑が漏れる。 「一体、何な訳?」 膝に抱えていた重そうな魔術書を閉じながら、それでも漸く話を聞く気にはなってくれたらしい。 「うん、子供の頃に買ってもらったんだよね」 大きな木の幹にそのまま身を預けて、吹き抜けてゆく風を感じる。穏やかな風に、自然笑みが零れる。 「買ってもらった時、初めて使う時って、凄い緊張するんだよね、アレ」 綺麗に整然と並んで、使ってしまうのが惜しいと何日も眺めていた。 でも、やっぱりそれを手に取って何かを描きたいと思うのは、至極当然で…。 「こう、手に取って……白い紙に描こうとするよね」 「………」 相槌さえ打ってくれないけど、ちゃんと聞いてくれてるのは解る。 「力込めすぎちゃって、結局1本目から折っちゃうんだ」 「その頃から、馬鹿力だったんだ」 「………力の込め具合なんて、解らなかったんだよ」 それ以前に、それがそんなに簡単に折れてしまうものだったなんて……知らなかった。 子供の指の太さくらいは、あったんだから。 「で、結局―――何なのさ」 「うん、ルック見てたらその時の気持ち思い出した」 「…はっ?」 「綺麗で、整然としてて……掴んだら折れちゃうんじゃないか、って」 「…………何、馬鹿な事言って、」 「うん、そうなんだけどね」 今でも、時折怖くなる。 子供の力でさえ簡単に折れてしまうクレヨン。 今は子供じゃないけど……だからこそ、より一層怖くなる。 「…、折れなかっただろ!」 「…………っえ?」 「僕は、そんなに弱くないし! そもそも、あんたは何時だって力一杯抱き締めるじゃないか」 部屋の中ででも絶対言わないようなその彼の台詞に、瞬時驚いて固まる。 そして、ルックにそう言わせるに及んだ自分に自嘲した。 「………あぁ、そうだね」 自然に浮かぶ笑み。彼と居るときだけは、笑みを作る必要なんてないんだ。 だって、それは勝手に浮かんでくる。 ルックは、あんな綺麗なだけのモノじゃない。全然弱くないし、儚げであっても崩折れそうでもない。彼の意志の強さは、僕なんかの上をいく。 「いい加減、解っても良さそうだと思うんだけど」 強めの台詞は、羞恥の為。 「うん、そうだね」 そう呟いて、そっと抱き締めた。 こんな場所でなんて、彼なら絶対許さないだろうと思ってたのに。 「っ、い、今だけだからね!」 「―――有難う」 あぁ、そうか。 彼の強さは柔軟性をも含むのだ。 ……折れたクレヨンの残像は、もう遠い。 ...... END
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