あかつき 力なく投げ出していた手を引かれたのが解った。 そっと優しく、だけどどこか強引に。 覚醒し始めた思考と感覚の内で、だけど抗う必要がないのだけはどこかで解ってて。 浮いては沈み込み…そして又、ゆるりと浮かび上がるというまどろみが心地よくて、再び意識が沈み込み始めた、刹那。 あまりに唐突に、てのひらにふわりと優しく何かが触れて。 「―――ッ、」 ぞくりと背を走った感覚に、とろとろと心地よくまどろんでいた意識が一気に覚醒した。 「あっ、起きた?」 目の前で嬉しそうに笑む男は、業とやっておきながら、いけしゃあしゃあと言ってくる。 「…………あんた、ね」 いつまでもくすくす笑いつづける男を視界に収め、強張っていた躰から思い切り力が抜けた。 深い吐息と共に、寝台に沈む。 いきなり、思い切り疲れた気がする。 「ルック、てのひら弱いよね」 そう囁かれて、捕られたままのそこに……又、ひとつ落ちるくちづけ。 そんな他愛もない所作に、ぴくりと身体が戦慄いてしまう。 そっと触れるだけのその唇は、だけどいとも容易く昨夜の熱の残骸に、再び息を吹き込む。 ぎゅっと目を閉じて、その感覚をやり過ごした。 暫くして、漸く唇が離れてゆくのに強張った身体を解し、ゆるりと瞼を上げれば。 目の前にあったのはサクラのどこか嬉しそうな黒曜の瞳。 思わず怯んだところに、 「そんな顔、他の誰にも見せないでね?」 上目遣いで含むように言われて。 「………馬鹿じゃないの?」 と、辛辣に返した。 こんな風に触れるのなんて、あんたじゃなきゃ……許さない。 それ以上に、あんたじゃなきゃ、意味がない。 そんな事も―――今更だ。 自分よりは幾分大きな躰で、何…と思う間もなく組み敷かれた。 あまりの早業に、驚くより呆れる。 「……で、この態勢は何な訳?」 取り敢えず、聞いてみる。 「まだ、起きるにはちょっと早いから」 あんたが起こしたんだろう!と、文句を言う前に、何も纏っていない首筋にくちづけが降る。 「……それに、ルックが刺激的な格好してるから?」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ! 脱がしたの誰さ!」 自分で脱いでいないのだから、それをしたのは至極嬉しそうに目を細めているこいつでしか有り得ないのに。 「…ちょっ、」 いつもの通り、聞いてはいるのにこういう時だけ僕の意見はどこ吹く風のサクラは、そっと触れた頬から首筋、そして肩を慈しむように撫で上げてくる。 一瞬、強張った躰に、 「…怖がらないで、ね」 そう言って額にひとつくちづけを落とした。 そんな他愛もない所作たったひとつで、宥められる。 大きな掌は、扱う武器の所為で節くれだってはいるものの優しくて、長い指は似合わないほど繊細に触れてくる。 ねぇ、あんたは知ってる? 「…や、だッ、」 あらぬ場所を掠めた指に、瞬時呼気が凝る。 ………知ってる? 肌を辿るてのひらは的確に。 ゆるりと欲を燻り灯す。 あんたに触れられてる時、触れてる時。 「……っあ、」 その軌道の後を追うように、押し当てられては離れてゆく唇。 それは優しいのに、どこか意地悪で。 どんなにこの身が歓喜に震えているか。 「―――ッ」 思わず噛み締めた唇に、そっと指が触れてくる。 「傷になるよ?」 そんな事―――。 「…だったら、やめて」 ぽそりそう呟くと、にこりと嫌な笑みを浮かべた。 「いいの?」 訊ねられて答えを返す間も与えられないまま、くちづけが落ちた。 こういう状態で為されるそれは、軽いものでありえよう筈がなく。 触れた瞬間に深く深く求められて、絡められた舌に軽く歯を立てられ、小さく背筋を震わせて反応を返せば、微かにその口角が笑みの型を取るのが解った。 絶対に、言わないけれど。 「―――駄目?」 ここまでしといて訊くのが、いっそあんたらしい。 大きなてのひらに頬を包み込まれて、そして覗き込んでくるのはどこか甘味を帯びた黒曜石の瞳。 「…駄目?」 ……絶対、業とだ。 「あんた……最低ッ、」 上擦った声音で、それでも語気を強めて言えば、サクラは嬉しそうに微笑った。 こんな風に触れるのを。 他の誰にも許したりしない。 あんたでなければ……何も誰も欲しくない。 触れて、離れて……そうして、又触れて。 燻り熾された熱が、この身を溶かす。 曖昧に、あやふやなる境界線。 だけど、混ざり合う事も叶わないそれに―――いっそ壊れてしまえ、と。 浮かされた意識の中で、ただそう願った。 ...... END
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