最後の楽園 − 傷痕






 ―――ふっと意識が覚醒する。

 暗く、静かなその部屋の空間に、自分の置かれた状況を咄嗟に判断出来なくて。
 重い躰を起こそうとし、刹那その身を駆けた痛みに、再び寝台の上に横たわった。
 ―――そして…。

 ああ、そうだった……。

 と、瞼を閉じた。  自分は寝ていたのではなく、気を失っていたのだ…という、事実に気付く。
 サクラに求められ、翻弄され―――そして、奪われて。
 普段の彼からは、想像もつかない程のその激情。
 それを向けられたのは、これが初めてではない。以前にもあったのだけれど。
 生きていく目的を失い、苦しくなった彼が縋りついたのが自分だった…等とは、思わないが。
 部屋の中をゆっくりと見回し、そしてふっと気付く。
 彼の姿がない―――。

 何故、居ない―――?

 考えて、思い至ったそれに、自然と眉根が寄る。
「……本当に……馬鹿」
 そう、言葉が零れるのも仕方ない。
 きっと、躰を傷付けられた自分より彼の方が痛みを感じているだろう。
 その痛みに耐えかねて、この場に居られなかったであろうことなんて、容易に想像が付く。
 何でも器用にこなしているように見えて、実際は不器用なんだってことも、ちゃんと知っている。




 ―――何処かで…。


 誰も居ない何処かで――。

 又、ひとりで居るのかもしれない。



 そんな彼の様子を思い浮かべただけで、小さく胸が痛む。
 その痛みは、彼につけられたどの傷よりも、自分を苦しめる。
「行かないと…」
 そうは思うのに……動けない―――。
 多分、今現在彼を苛んでいるその傷は、僕にしか癒せないことを知っているのに。
 他の誰でもない、自分にしか……。


 躰の痛みは、行為に対する恐怖を呼び起こすけど―――。

 その恐怖は、心じゃなくきっと躰の方。







 ―――僕の心に、傷はない。








...... END
2001.12.01

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